あたたかく平和な年度末/映画「落下の解剖学」

あたたかな日曜日

気温は高く、風は強い。
当然ながら花粉が飛んでいる。庭の片付けをしていただけで、目がしぱしぱする。
十数年ぶりに花粉症となった今年は、忘れていた感覚を再認識する機会に恵まれている。この「目がしぱしぱ」もそうだ。
最初は目に前髪が入っているのかと思った。色々あって、なかなか髪を切れないのだ。
でもどうやらこれは花粉のせい。目薬をさせば12時間は保つのだが、忘れた時は大変である。

そして、自転車に乗っていると目薬も役に立たない。
進行方向に向けて目を向けているから、花粉が目に入りやすいのかもしれない。

かつて工場で働いていた時は、こういった不調の原因となる環境では、保護具を着用していた。具体的にはゴーグルや保護メガネを使えばいい。

しかし、少なくとも街を歩いていて、そこまで重装備な人は見かけない。
呼吸器に関してはマスクを着用しているが、目は隙間をガードする花粉症用のものが売られている程度だ。

せっかく暖かくなったのだから、自転車に乗ってどこかに行きたい。
もう少し花粉症に対応したメガネを作るべきだろうか。度付きでゴーグルに近い構造の自転車用サングラスもあるらしいけれど、そこまで手間暇かけるのも躊躇われるのだった。
そこまでするのなら「しぱしぱ」を甘受する。

 

 

映画「落下の解剖学」

長い映画だった。2.5時間はあっただろうか。
少ない登場人物とたくさんの台詞、美しい風景が印象的な作品で、その長い上映時間も気にならない。

ある山荘で落下死があり、その死んだ男の妻である女性が容疑者とされる。
目撃者は弱視の息子。
息子や幾人かの関係者の証言で裁判は進む。
となると法廷物か、真犯人が誰かを明らかにするミステリーのように見える。

でも最後のシーンになっても、裁判の決着がついても、本当のところはわからない。
観客の我々に明示されることもないし、登場人物もお互いに心を開かないまま終わる。
実に後味が悪い、しかしだからこそ真に迫る作品だった。

「裁判では真相は問題とされない」
「人の数だけ真実があり、誰も全てを見通すことはできない」
そういった、ありきたりな現実をしつこいくらいに重ね続けることで、普通の映画では味わえない新鮮な感興が湧いてくる。

 

 

しんどい映画、ではある。
でも、個人的には今年の最高傑作かもしれない。

これは観てもらわないと伝わらない類の映画だ。もし言葉で伝えようとしたら、4時間はかかる。
可能なら映画館で集中して観るのがおすすめだ。
僕は、もう1回は映画館で観たい。たぶん次は、また違った印象の映画になるだろう。

 

 

お題「ゆっくり見たい映画」

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