昨日の夜は本を売った 「ブックカフェ ソロー」

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静岡でお世話になっていたお茶の先生は言っていた。
お菓子は皿に移して食べろ、と。

袋から食べて良いのはポップコーンとポテトチップスだけ、コーヒーやお茶のときにはスナック菓子であっても器に入れる。これは"たしなみ”だけではなくて、1回に食べる量を抑える効果もあるという。

仕事の後のお稽古*1だったから、先生が来るまでの間は高校生のようにポッキーやビスケットなどを食べて談笑していたが、確かに菓子盆や皿に載せると、ばりばりと食べることはなくなる。

 

日日是好日

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  • 発売日: 2019/04/24
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ただしこのお作法、自宅ではなかなか難しいところがある。
今の独り暮らしでも皿や菓子盆は用意してあって、先生の教え通りにカリントウや煎餅や讃岐銘菓「かまど」はそこに入れてから食べる。
なにしろ自分で用意するので、完全に自分の好みが反映される。
最近は甘いものとしょっぱいものを少しずつ組み合わせてしまう。これがミラクルなおいしさで、つい「おかわり」をしたくなって困る。

大袋のスナック菓子を単品で食べても、途中で飽きるだろう。
ケーキ屋で買ったパウンドケーキや、パン屋のラスクでも、ひたすら食べ続ける事は稀だ。

でもこの「マイ・フェイバリット・おやつプレート」は違う。ちょっとずつ、延々と食べ続けてしまいそうな怖さがある。自分のおやつ組み合わせ能力が怖い。中身はイオンの「トップバリュ」だったりするのだが、麻薬的な魅力が生じてしまっている。

仕方がないので、それほど美味しくないものもお皿には添えている。具体的にいうと、先月末から作っている、柑橘類のピールだ。砂糖少なめ、乾燥度高め、茹でこぼし回数を減らしているから苦くもある。

でも「甘い(芋けんぴ)→しょっぱい(塩バタークッキー)→苦くてあまりおいしくない(文旦ピール)」のサイクルもまた危険であることが今日わかった。

まだ「おかわり」はしていない。しかしコーヒーや紅茶はどんどん飲めてしまう。お茶の先生が教えてくれた心がけが、いま四国で、人を滅ぼす可能性を生んだ。これは世に出してはいけない技術だと思う。

 

 

 

と、そんな事しかしていない今日は日記に書くことがない。
どちらかというと、昨晩の夜のほうがカラフルな内容であった。

高松市の仏生山近くにある「ブックカフェ ソロー」に行って、本を引き取ってもらったのだ。

それほど高値が付いたわけではないけれど、納得の値付け。BOOKOFFなら引取もしてくれない(バーコードが無い)平成中期の「ライフスタイル冊子*2」や、ku:nel料理本などをきちんと評価してくれてうれしい。
店主氏が本を見ている間に、常連さんが「女子っぽい本」と評しているのが聞こえてきたが、残念ながら中年男性である。なんだかとても申し訳ない気分。

ブックカフェ、ということで古本以外にも、お茶やコーヒーもある。
昨晩はとびきりおいしいチャイを飲んだ。

お客さんも店主夫妻も普通に雑談をしながらお茶を飲み、そして本を選ぶ。学生時代に東京で出会った「お酒の入らない、夜の大人の世界」に思いがけず再開した。

それほど長居はしなかった。でも欲しかった本も買えたし、懸案だった本の整理も9割方完了したので、昨晩は良い夜。
月も明るかった。

goo.gl

 

では寝ます。おやすみなさい。

 

 

お題「ひとりの時間の過ごし方」

お題「好きな作家」

 

*1:会社の茶道部だった。

*2:大橋歩さんのArneとか。

ほぼ空白の日。

びっくりするくらいに運動不足の日だった。

昨晩はどういうわけかまるで眠れなくて、明け方まで起きていた。その後、昼前まで寝てしまった。

そこからもう駄目な感じだった。
食事はきちんと作って食べているけれど、あとはAmazonの動画配信サービスで映画を見たり、いくつか買い物をしたり、諸手続きをWebサイトで行っていた。つまりひたすらブラウザを開いていたわけだ。

文旦でマーマレードを作った。塩豚を仕込んだ。緑茶を電動ミルで粉末にして、抹茶と混ぜた。椅子のキャスターを交換した。
それくらいしか有意義なことはしていないように思える。いま思い返しても、いつ何をしたのか曖昧模糊としている。

読書は捗った。
昨日から読み始めた「ワン・モア・ヌーク」という小説。これ、ちょうど今年の一昨日から来週くらいまでの東京が舞台となっている。
いかにも今の時代にありそうな架空の事件を、まさにいま同時進行しているのだ。それだけでどきどきするから不思議。

「核の穴は、あなた方をもう一度、特別な存在にしてくれる」。原爆テロを予告する一本の動画が日本を大混乱に陥れた。爆発は3月11日午前零時。福島第一原発事故への繋がりを示唆するメッセージの、その真意を政府は見抜けない。だが科学者と刑事の執念は、互いを欺きながら“正義の瞬間”に向けて疾走するテロリスト二人の歪んだ理想を捉えていた――。戒厳令の東京、110時間のサスペンス。

とはいえ、この小説ばかり読んでいても、また寝不足に鳴ってしまう。
とりあえず掃除をしよう。身体が完全になまっている。
お風呂もしっかり入ろう。

こういう日がたまにある。丸一日の、ほぼ空白の日。仕方がない。

 

ワン・モア・ヌーク (新潮文庫)

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オービタル・クラウド 上 (ハヤカワ文庫JA)

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  • 作者:藤井太洋
  • 発売日: 2016/05/10
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新型コロナウイルス対策フェア・アカエイのスープ

昼間は寒く、夜はそれほどでもない。
昨晩に降った雨で地面が濡れていて、自転車での外出ができなかった。
知人宅に届け物をして、ついでに図書館へ寄った以外は、ほとんど家で過ごしていた。

Twitterなどで話題になっていた「トイレットペーパーの買い占め」は、近所のディスカウント・ストアで見た。
列を作って大量買いをしているような人達は1人もいない。スマホで撮影している人はいた。たぶんほとんどの人は「トイレットペーパーの枯渇はデマ」と知っているのだろう。
でも、見ている数分の間にも、ぽつぽつと買っている人がいた。
「デマとはわかっているんやけどね、でも万が一の安心を考えるとねー」みたいな雰囲気。お一人様1袋なので家族にも持たせていた。

 

我が国では、まだパンデミックは起きていない。
医療崩壊もしていない。
ただ、社会のタガが外れてしまった、と思う。安心のために。疫病に先行して。

 

雑に言えば、多くの人が「なんとなくの安心」を満たすために、よくわからないまま行動をした結果、棚からマスクやトイレットペーパーが消えてしまったのだ。
タピオカ・ミルクティーが流行った時に、別に甘いミルクティーやデザート・ドリンクに興味が無い人も列に並んだ。あのノリでマスクを買っているのだ。結果として、本当に必要な人達に必要な品が行き渡らない。

残念でならないのが、今の政権がそういう「なんとなくの不安」へ敏感に反応する事だ。説明もせずに断行する厳しい対応が、ことごとく「安全よりも安心」寄りの内容となっている。

不謹慎だが、もっとわかりやすい形で切実な被害が出ていれば、僕たちもこんな馬鹿なことをしていないと思う。日本国民の99%以上が、「感染者」の具体的な名前や顔を知らない。「新型コロナウイルスと肺炎の基礎知識」をテストしたら、不合格な人が多いだろう。
そんな状況だから、福島第二原子力発電所が震災で壊れた時ほど、切迫した情報への飢えが感じられない。特にテレビでは「街の声」ばかり取り上げる。
だから、身の回りで目につく、安くて、もしデマでもゴミにならない実用品を買ってしまうのだろう。
新型コロナウイルスに関しては、騒ぎはするけれど「正しさ」を求めるほど我々は真剣ではない(あるいは真剣になれない)というのが、今の状況だと思っている。どちらかといえば、病気そのものよりも、社会の急激な対策に、僕たちは振り回されているのではないだろうか。

 

 

トイレットペーパーが空いた棚には、餅や甘酒や柚子茶や酸素系漂白剤といった、病気とは関係の無さそうな有りそうな微妙な品が積まれていた。別に安売りではないけれど買っていく人もいた。なかなか商売上手だなあ、と少し感心した。
さすがに「対策フェア実施中!」とは書いていなかった。そういう事を言ってはいけないのだ。でも全体としては、どこか「お祭り」だよねえ、なんて思ってしまうのだった。

パンデミックものでおすすめの小説はこれ。
「天冥の標 2 救世群」

天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:小川 一水
  • 発売日: 2010/03/05
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10章続くSF大作のうち2章め。1章が、よくわからない宇宙の何処の、遠い未来のお話で、この2章が現代。そして致死率8割かつ生存しても感染能を持ち続けるという恐ろしい疫病が世界に蔓延する数年間を描く。感染症というのは人の動きを制限する存在であり、発想としての「穢れ」が実効を持つ状況でもある。
物語としては「ここから始まり、次の時代へ」となる発端の章。でも、この1冊だけでパンデミックSFとしては読むことができる。

 

漫画ならこれ。
静岡県須走市か御殿場市のあたりを舞台にした作品。こちらではペストが発生する。大きな私立病院レベルの人員と設備で、アウトブレイク寸前で奮闘する医者のお話。こちらは、今の現実により即している。新型肺炎と違い、死者が多くて、特定の地域を封鎖する対応がある部分以外は、まるで現実。重苦しい話ではあるけれど、希望の話でもある。奇跡が何一つ起きないところも凄味を感じさせる。
基地の街、どうしようもない狭い田舎を描いた物語としても秀逸。もっと有名になってもいい佳作だと思っている。

 

 

 

晩ごはんは、アカエイのスープを作った。
オリーブオイル、少しのにんにく、タマネギ、唐辛子、そして塩を使う。
アカエイはここ香川県では、季節を問わず入手できて価格も安い。
あまり人気が無いのか、サメ類の常として日持ちがしないのか、値引きシールが貼られるのも早い。
1パックの量が少なく、骨が軟骨なので生ゴミが少ない点も、独り暮らしとしてはありがたい。

昨日のウマヅラハギと同じく、良い出汁が出る。肉の食感も面白い。
長くは煮込まず、最後に切ったプチトマトを入れて完成とする。

お昼ごはんは知人と外食をした。量の多い店だった。なので夕食には炭水化物の主食は要らなかった。
もしアカエイのスープに合わせるのならトーストかマカロニが良さそう。ご飯を入れても良いかもしれない。

 

 

今日は家にいて退屈しなかった。読書が捗ったのはもちろん、Twitterやその他のSNSで「不要不急の外出を自粛している人達に、これがおすすめ!」と紹介する動画やWebサイトだけで、何時間も過ごせてしまったのだ。


THE MAKING (30)ストッキングができるまで

特にこの「Science channel」の「The MAKING ○○ができるまで」はすばらしい。お菓子から自動車まで様々な製品の「できるまで」を紹介している。古い映像だが、見ていて飽きない。
自分にはまるで関係のない商品(例えばストッキング)も、作り方は興味深く見ることができる。

今から「ふ菓子ができるまで」を見てから、寝ます。

youtu.be

 

文明崩壊 上巻

文明崩壊 上巻

 

 

讃岐うどん屋の中華麺と、スイートスプリング。そして宮脇書店。

讃岐うどん屋のつけ麺

製麺所が経営(あるいは併設)している讃岐うどん店では、中華麺や蕎麦(すごく太い)を扱っているところがある。そういう製造直売環境ではなくても、お客さんの要望に応えるために、うどん以外の麺が選べる店はあちこちにある。このあたり、信州の脱サラ蕎麦屋とは違うのである。もちろんコシや出汁や醤油にこだわった、カリカリにチューンナップされたうどん屋も多いが、基本的には日常の食なのだ。

今日は書店に行った帰りに、讃岐うどん屋「たも屋 本店」で、その中華麺を使った「つけ麺」を食べてみた。

つゆは、ざるうどん用の冷たいものを自分で器に注ぐ。
中華麺と共にゴマ油と胡椒を渡される。
ネギや天かすは無料。ワカメも無料なのは珍しい。これら薬味を入れて食べる。
何を合わせるのが良いのかよくわからなかったので、「だし巻きたまごの天ぷら」を添えてみた。この土地の人達は、何でも天ぷらにしてしまう*1金時豆の天ぷらよりは、つけ麺に合うのではないか。

見た目は、ちょっとさみしい。
高速道路のサービスエリアで、消去法で選んだつけ麺みたいだ。というか、今どきのサービスエリアで、こんな貧相なつけ麺は無いだろう。学食でも、もう少し気が利いている。

 

孤独のグルメ【新装版】 (SPA!コミックス)

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  • 作者:久住 昌之
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
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孤独のグルメ2

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  • 作者:久住 昌之
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
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味もさみしい感じ。
胡椒とゴマ油、天ぷらの油で、ようやく「中華料理」っぽさが生じた。しかし、麺をしっかり汁に浸けるとしょっぱい。
以前、鳥取県の紹介イベントで食べた「素ラーメン」を思い出した。とはいえ「素ラーメン」は肉や野菜が少しは乗っていたし、温かい料理だったから「これはこれで」と納得できた。
今日のつけ麺は、ただ貧相なだけだった。

なるほど、世のつけ麺が、色々と凝ったことをしている理由がわかった気がする。大抵は、過剰にこってりしているか、強い味付けで、量も多い。

そういえば、讃岐うどんのお店で「小:1玉」の麺を食べて、多少なりとも物足りなく感じた事も、自分としては異例。たぶん初めてだろう。

普通の讃岐うどんより割高で、このように満足感も低いので、少なくともこの店では今後はうどんを食べるだろう。「蕎麦とうどんを1玉ずつ」という不思議なセットがある店だから、変化をつけたい時にはそちらを選ぶ。

 

四国旅マガジンGajA 四国新麺 うどん・蕎麦・中華そば

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  • 出版社/メーカー: エス・ピー・シー
  • 発売日: 2018/02/25
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四国のうどん屋・蕎麦屋 四国旅マガジンGajA(ガジャ) MOOK

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  • 出版社/メーカー: エス・ピー・シー
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宮脇書店 本店

この店の隣にある「宮脇書店 本店」は、とても楽しい場所だ。
宮脇書店といえば幹線道路沿いの中規模〜大規模なチェーン店だが、本店は少し趣が違う。
流通在庫を置いているのか、本店の意地なのか、あまり売れそうにない本も棚に並んでいて楽しい。しかも1階と2階の壁際は、全国の出版社ごとのブースがある。
ただ買うために行くのではなくて、実物を眺め、知らない本と出会うために書店へ行くので、こういうタイプの店は有り難い。
琴平電鉄の「瓦町駅」には、都会的な雰囲気のワンフロアを使った書店(ジュンク堂書店)もあるけれど、個性と面白さでは、宮脇書店本店のほうが勝っている。

3階は子供向けのフロアだけれど、半分は中古本の棚になっている。全て9割引。全国の宮脇書店で売れ残り、返本もできなかった本ではないだろうか。昭和の中頃のガイドブックから、聖闘士星矢ボーイズラブ的な本、数年前の流行本まで並んでいる。学校向け教材や、ファン向けの数量限定豪華写真集もある。誰が買うのか、レーザーディスクソノシート本まで置いてある。
子供向けコーナーとは雰囲気が全然違う。天界と冥界くらいに空気さえ違っているように感じる。
ちなみに今日は古いソノラマSF文庫を2冊買った。この中古本コーナー、「せどり」に使えそう。少なくとも今日買った本は、ネットの古本屋ではプレミア価格(といっても定価の3割増し程度)が付いていた。

 全然関係ないのだが、この「1階をいちばん上に書く表示」が、香川県の古いビルでは散見される。土地ならではのものか、それとも香川県高松市の看板屋だけの癖なのかは、よくわからない。

 

メイドイン星矢 15―星矢同人誌アンソロジー (Freshーpacks)

メイドイン星矢 15―星矢同人誌アンソロジー (Freshーpacks)

 

 

ちなみに屋上の観覧車は、もう乗ることができないそうだ。以前は「修理中」だったのだが、今日は「廃止します」と貼り紙があった。なんでこんな場所に観覧車が、と思ってはいたけれど、無ければ残念に思ってしまう。

 

 

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

 

 

スイートスプリング

おやつ兼夕食は、スイートスプリング。
四国は柑橘類が多くて、しかも安くて嬉しい。
スイートスプリングは静岡では見かけないなあ、と買ってみた。調べてみたら、清水区の柑橘試験場で作られた品種らしい。叔母の家の裏ではないか。

ともあれ、味は温州みかん系、皮は手では剥きづらいが*2、そのぶん日持ちする。1個で独り暮らしにはぴったりのみかんだ。

 

魔女の12ヵ月  自然を尊び、知り尽くした魔女の「暮らし」と「知恵」

魔女の12ヵ月 自然を尊び、知り尽くした魔女の「暮らし」と「知恵」

 
スタジオジブリの 食べものがいっぱい: 徳間アニメ絵本ミニ

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  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2017/02/13
  • メディア: 大型本
 

 

ところでこのスイートスプリング、秋の終わりに買った時には緑色だった。中はきちんとオレンジ色で、甘かった。
先月に買ったものは、皮がレモン色で、実はさくさくとして、さっぱりとしていた。
そして今日は、皮はオレンジ色で、味は前述の通りみかん系の味。

先月に買ったものだけが、種類が違う気がする。
文旦か何かを、スーパーマーケット「きむら」の店員が間違えてラベル付けしたのではないだろうか。
まあいいや、おいしければそれでいい。

 

 

スイートスプリングは皮の苦味が少ない。そして厚い。
だからマーマレードやピールが簡単にできる。

今日はピールを作った。
電子レンジを使えば、刻んで茹でこぼして砂糖をまぶして再加熱して、と手順を踏めば、概ね15分で「あとは予熱調理」の段階になる。
乾燥させれば日持ちもするが、さてどうしよう。冷凍か冷蔵なら、別に今のままでもかまわないのだが。
下手に日持ちをする品を作るより、さっさと作ってどんどん食べるほうが自炊の効率は良いと思う。我が家は魔女の家ではないので。

 

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

西の魔女が死んだ (新潮文庫)

  • 作者:梨木 香歩
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2001/08/01
  • メディア: 文庫
 
西の魔女が死んだ

西の魔女が死んだ

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

お題「今日の出来事」

 

 

 

 

 

*1:魚のすり身を揚げた加工食品も「天ぷら」と称する。なので讃岐平野の何処かには、「天ぷらの天ぷら」もあるはずだ。

*2:皮は夏みかんのように厚くかたい、でも実は柔らかい。なのでナイフで切るほうが綺麗に食べられる。

桃太郎のプライド

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今日のお昼ごはんは、こんな感じ。

  • 五穀米ごはん
  • 割干し大根の漬物
  • 魚ナゲット
  • 壬生菜のおひたし

「魚ナゲット」は「ととなげっと」と読む。地元スーパーのお惣菜コーナーで安売りしていた。魚介練り製品に衣をつけて揚げたもの、だと思う。西日本では、練り製品を揚げた「天ぷら」が多く売られている。わざわざチキンナゲット風にしているのは若年層へのアピールだろうか*1。衣が外れやすくて、お弁当に活用するのは難しい。冷めても味が変わらない点は評価できる*2

一昨日、鶏肉をたくさん買った。
だから今週は、鶏肉強化週間となる。しかし、鶏ササミの茹で汁を活用してスープを作り、鶏むね肉から外した鶏皮で小さな一品を用意して…と順番に料理をしていくと、他の食材が余りがちになる。困ったものである。

 

空からのぞいた桃太郎

空からのぞいた桃太郎

 

 

ところで今日は岡山県の人と話す機会があった。
岡山人、もしかすると香川県になにか思うところがあるのだろうか。
雑談のなかで「香川には、鬼ヶ島もあるし、猿や雉の出身地でもあるけれど、桃太郎は岡山出身だからね」と言っていた。雑談ではあるけれど、有無を言わせぬ迫力、ここは譲れないぞ、という真剣さを感じた。
桃太郎神社の存在は知っている(よく行くパン屋の近くにある)。鬼ヶ島=女木島、という扱いも瀬戸内国際芸術祭で島に渡った時に知った。でもそんなもの、地元の郷土史家が立てた仮説を信仰や観光資源に取り入れただけではないのか。
一緒にいた香川民も「でもなあ…」と積極的に話をしていた。この瀬戸内海を挟んだ2県では、桃太郎というフィクションはとても大切なものなのかもしれない。
僕は「桃太郎なんてどうでもいいじゃないか」と思うのだけれど、もちろん黙っていた。彼らの誇りは彼らのものだから。
静岡県においても、そういう“郷土の当たり前”はあるのだと思う。咄嗟には出てこないけれど。

 

ヘルタースケルター

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  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 
桃太郎は盗人なのか?―「桃太郎」から考える鬼の正体

桃太郎は盗人なのか?―「桃太郎」から考える鬼の正体

 

 

 

 

桃太郎神社は、いつか行こうと思いつつ、いつも素通りしている。
全国的に有名な「オモシロB級宗教施設」なのだが、いつでも行ける場所は後回しにしがち。

 

世界の中心でAIをさけぶ (新潮新書)

世界の中心でAIをさけぶ (新潮新書)

  • 作者:片山 恭一
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 新書
 
世界の中心で愛を叫んだけもの (ハヤカワ文庫 SF エ 4-1)

世界の中心で愛を叫んだけもの (ハヤカワ文庫 SF エ 4-1)

 

 

昨日の牟礼もそう。車ならいつでも行ける場所だが、なかなか行かない。
ちなみに牟礼は「恋愛の聖地」だそうだ。理由は映画「世界の中心で、愛をさけぶ」のロケ地だったから。調べると、16年前の出来事。
聖地というには寂れていたけれど、行政はいつまで看板を掲げるつもりなのだろう。

 

海の武士団 水軍と海賊のあいだ (講談社選書メチエ)

海の武士団 水軍と海賊のあいだ (講談社選書メチエ)

 

 

お題「行きたい場所」

 

*1:個人的には、古臭いものを子供・若者向けにアレンジした食べ物は好きではなかった。小学校時代、給食で伝統的な地元の食材を活用したアイデアメニューが多くて嫌になった記憶がある。

*2:なにしろ中身は蒲鉾のようなものだから

本を売り手袋を買う

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午後から休暇の日。
夕方から本の片付けをした。今回はかなり思い切って紙の本を処分する。実家に1年近く保管していた書籍がダンボール数箱分あって、1年放置して特に不都合無かったので、もう手放す事にしたのだ。

街の古本屋で売るものと、BOOKOFFで売るものとを雑に仕分けてから、今日はBOOKOFFに行ってきた。

売値は約14000円と、1400円分の商品券(香川県内のBOOKOFFで有効)。部屋の片付けの報酬としてはまずまずではないか。
古い本も多いからもっと安くなるかと思った。

何冊かは不本意な値付けだったが、面倒なので手放した。
まだ新しい、ちょっと高めの雑誌が10円や5円だったので持ち帰る。たぶん読み返す事も無いだろうが、興味のある知人に譲ることができそうなので。

しかしBOOKOFF、衰退しているとは聞いていたが、本当に雰囲気が暗かった。古本屋ではない本のリサイクルショップとしては最大手で、昔は独特の雰囲気があったものだが、今日のお店は“安いだけの中古品店”そのものだった。
ちょっとおかしな暇人がいるのは昔から変わらない。しかし本や漫画が好きな人(子供も含めて)が全くいない。大学も近いのに、金は無いが暇はある本好きの大学生も見当たらない。
言い方は悪いが、「経済弱者のお店」であることが明確過ぎて、なんだか疲れてしまった。

 

しあわせの理由

しあわせの理由

 

 

紙の本が売れないから買取りも少なくなって、売値も高くしないと成り立たない、そんな悪循環も棚からは見てとれる。
少し前のベストセラーばかり並んでいて、欲しいと思う本がまるで無かったのも辛い。「年末年始フェア」の紹介文が「暇つぶしに試しに読んでみたら好きになるかも!!」だったのも、ちょっとしんどかった。そういう理由で、定価の7割の古本を買いたくなる人がいるのだろうか。
自分としては既に紙の本は理由が無ければ買わなくなっている。
電子書籍の割合が増えているし、四国に引っ越してからは図書館通いも再開した*1。安いから試しに買ってみよう、とBOOKOFFの100円コーナーで買うことが無くなっても、読書量は増えている。

 

 

ACCA13区監察課(6)(完) (ビッグガンガンコミックススーパー)
 

 

 

本を売ったお金で、というわけではないのだが*2新しく手袋を買った。
あちこち見てまわったのだが、結局はユニクロの手袋にした。
安くて、防風性能があって、見た目が普通で、申し分ない。
大昔、ユニクロがまだ英字新聞柄のシャツを売っていた時代に、やはり手袋を買った。その手袋はまだ手元にあるけれど、プラスチック製の連結コネクタ(1双にまとめておける)等はほとんど変わらない。

素材は進歩しているし、細部を比較すると極限まで簡素になっているが、並べてみるとユニクロらしい雰囲気は変わらない。ファストファッションは服より小物類にメーカーの特徴が出ると思う。

 

講談社の名作絵本 てぶくろをかいに

講談社の名作絵本 てぶくろをかいに

 

 

*1:県庁所在地ということもあり図書館の選択肢も多く、またコンパクトな街なので通いやすい。いつ行っても空いているのも良い。

*2:本を売って現金が手に入り、手袋は電子マネーで支払ったので。

ルールだからルール

2日間で法令と実務を学んでテストして、合格ならば「修了証」が貰える、そんな講習の最終日。
最終日に「ここは覚えておいて欲しい(テストに出るかもしれないよー)」と復習の時間があって、それさえ押さえておけばまず合格する、関連団体と安全ナントカ協会の馴れ合いじみた、よくある安全衛生系の講習だった。

詳しく書くと個人が特定されそうなので、カレーに例えてみる。
カレーを、安全に美味しく、誰でも同じ様に作るための講習だと考えてほしい。この修了証があるとカレー屋さんの責任者になれるけれど、世の中のカレー屋さんの多くはこんな資格は持っていないし、無くても開業できる。でも業界団体としては推奨している。

 

カレーと同じで、仕事で作るのなら店の方針で雑にもするし、多少はルールの逸脱もするだろう。でも、カレーづくりのスタンダードを学んでおくのは大切なことだ。だから僕達は学ぶことになっている。


いちおう実技もチェックはされるが、難しいものではない。「仕事ならこんなに丁寧にはしないけれど(or これじゃ仕事にならないけれど)、まあこれはお勉強だからね」と、全体的に緩い空気。

しかしテストの後に、講師の先生がぷりぷりと怒っていた。

テストの最後には、文章で回答する問題がある。
「カレー作りにおいて火力の調整が必要な理由を述べよ」みたいな問いがいくつか並んでいる。その回答欄で「ルールで決まっているから」という誤答が目立ったとのこと。目立ったというか、空欄以外の誤答は全て「ルールで決まっているから」だったそうだ。

前述の通り、緩い講習である。
堂々と居眠りをしていれば注意されるが、3日間休まなければまず修了できる。
講師だってリタイアした、昔はこの業界で偉かったおじいさんである。彼だって、このテストの成績が業界の未来や我々の安全に直結しているなんて考えてはいないだろう。

でもやっぱり怒る。「ルールで決まっているから」は、さすがに駄目だ。だってそのルールの理由を2日間かけて学んだのだから。
老講師は「2日間がもったいないじゃないか」と言っていた。

 

 

その授業の後に講師と話す機会があった。
この5年で、この「ルールで決まっているから」という誤答が目立ちはじめ、今回それが100%となったそうだ。だからがっかりして、そして怒ってしまったと。

こういうのも世相なんですかねえ、と話す。
正直なところ面白くない話ではある。世の中全体、そういう人は増えているとは思うが、理由や“流れ”まではわからない。ただ、良い傾向ではないとは考えている。


僕は電気や化学や生物に関する仕事の経験があって、こういう講習も多く受けている。普通の、交通安全などの講習だって受ける。正直なところ楽しくもないし、実務的でも実際的でもない。形だけ、タテマエだけのつまらない“お勉強”だ。
でもタテマエとしても、ルールの根っこにある、「法の精神」は尊重する。「なぜ?」と問われたら、「なぜだろう?」と考える。少なくともそのテストの時間は。考えるのが嫌ならば、嘘でもなんでも仕立てて講習はさぼる。

つまり、カレーの火力調整の必要性を問われたら、焦げたり生煮えになったり、火事になることを想像する。そんな事はわかってるよ、と思いながら2日間の講習を受けつつ、テストには学んだことを書く*1
無駄が多い2日間であっても、何かを得るためには頭を使う。

もう少し「現場」っぽいカテゴリ、例えばフォークリフトやクレーンや水中爆破作業の講習では、十分に作業現場で実務経験を積んだベテランが講師に食ってかかることも多い。「教科書通りやってたら仕事になりませんよ先生」と大声を出す“空気を読めないおっちゃん”がいるものだ。
そういうベテランのおっちゃんのほうが、「なぜ?」に対して「ルールだから」と答える人よりは誠実に思えるのだが、どうだろう。

僕は「ルール」が嫌いなのだと思う。必要か否かをまず考えてしまうくらいには、ルールに対してアレルギー的な拒否反応がある。そのうえで受け入れたり、一部だけ採用したり、無視したりする。なにしろロックがブームだった時代に青少年期を過ごしたのだから仕方がない。体質みたいなものだ。

無駄も多いけれど、「ルールはルールだから」には死ぬまで反発していきたい。ロックンロール云々ではなくて、老後のボケ防止策として。最近は何であれ健康に関連させてしまうお年頃なのだ。

 

雑草で酔う~人よりストレスたまりがちな僕が研究した究極のストレス解消法~
 

 

 

ところで今日のお弁当はこんな感じ。

https://www.instagram.com/p/B54Gwu-gcZ6/

  • 麦ごはん
  • 細いゴボウと人参の煮物
  • 茹で鶏
  • 金時人参とキュウリのマリネ
  • さつまいも蜂蜜煮
  • リンゴのソテー

人参が花形に切られているのは、抜き型が発掘されたから。大昔の独り暮らし用品を漁っていたら出てきた。皮を剥く手間が省けて便利。でも桜型は今の季節には使えない。それと、いつ何の為に買ったのか思い出せない。かなりしっかりとした、良い品のようだが。

 

 

昔には帰れない (ハヤカワ文庫SF)

昔には帰れない (ハヤカワ文庫SF)

 

 

お題「どうしても言いたい!」

お題「これって私だけ?」

 

*1:頭の良い人なら、講師もニヤリとする皮肉を書くだろう。僕にはその能力は無い。

椅子の高さとインテリ具合

脚が5つあってキャスターが付いていて、肘掛けはある時とない時があって、背もたれが多少は動かせる事務仕事用の椅子。あれは高さを簡単に調整できる。最近はガススプリング式がほとんど。

 

 

あの椅子の座面の高さで「インテリ具合」がわかるのだ、と話している人達がいた。
なんとも乱暴な、どうにもヤンキー嫌いをこじらせたような説ではあるが、でも確かにそういう傾向はある。

椅子をとにかく低くして、浅く腰掛ける人がいる。彼らは総じて非インテリである。僕が「休日に図書館に行った」と話すと「変わってるねえ」と感心する。知識を増やす事は頭の良い人の専任事項だと考えている節がある。

アメリカ映画を見ているとわかるが、かの地でも椅子を高くしている人は、インテリ寄り(という表現)である。きびきび働いて、仕事の後にスポーツジムに行くタイプだ。
革張りの大きな椅子に座る立場になった時に、深々と腰掛けて熟慮するか、あるいは反り返って葉巻を吹かすかは、シナリオに依る。
とにかく現場の人間として働いている時には、十分に高い椅子に座っている事が「きちんとしている人」の表現になっている。

 

ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50

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ところで、僕が通っている講習会は、様々な立場の人が参加している。
観察すると、30%くらいの参加者は、低めに座面を調整して、べたっとした姿勢で机に向かっている。
パソコンも使う授業だから、そんなに低くしたら逆に疲れるんじゃないかという座り方だが、あまり気にしていないようだ。「モニターを使う時に望ましい姿勢」も講習では習ったが、もちろん気にしない。

元SEや機械の技術者だった人達は、椅子が高め。長丁場の授業では大変そうに見えるが、脚を完全に床に付けたくない様子。
僕も昔の経験で、高めに設定している。

 

これはしかし、どうでもいい話ではある。
他人の足腰と、他人の作業効率だ。お見合いの席じゃないのだ。

そもそも、「インテリ具合」なんて言い方をしなくてもいい。
少し前までは「育ちが違う」という表現があった。

かつて「氏より育ち」という慣用句が常用されていた時代があった(昭和、という)。あの頃は、育ちについて語る事はごく当たり前だった。どのような家庭でどのような教育を受けてきたのかを指摘しても良いのか否かは、「時と場合による」もので、荒っぽい家庭で育った不作法者を「育ちが悪い」と表現しても、それと人格とは切り離すことも可能だった。
時には本当に酷い、他人を傷つけるだけの「育ちが違う」もあったが、言葉としては「使ったら絶対に駄目」ではなかった*1

最近はこの「育ちが違う」は、半ばタブーのような言葉になったのだと聞いた。少なくとも学校では大人も子供も使えない言葉だそうだ。「人種が〜」や「民族が〜」と同様の表現になったと、学校に勤める知人から教えてもらった。

それで世の中が明るく正しい方向に進んだのか、と考えるとそうは思えない。逆に、色々と世知辛くなった結果として、タブーをひとつ増やしただけに思える。

繰り返しになるが、他人の椅子の高さなんてどうでもいい話だ。
ただ僕には、低くしても何も良いことはないよ、としか言えない。椅子の組み立てマニュアルにも、そんなに低くして使えとは書いていないと思う。「育ちが悪いなあ」とは思うけれど、不快だったり、彼らの人格や”評価”には関係ない。ただ単に、きちんと座る事を学ばず、身に付けられなかっただけだと考える。

 

結婚滅亡 ~「オワ婚時代」のしあわせのカタチ~

結婚滅亡 ~「オワ婚時代」のしあわせのカタチ~

  • 作者:荒川 和久
  • 出版社/メーカー: あさ出版
  • 発売日: 2019/11/13
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

全然関係無いが、今日のお弁当はこんな感じ。

https://www.instagram.com/p/B51flXBgNta/

  • ひよこ豆とオリーブの炊き込みご飯
  • ピーナッツバターポテト
  • 葉ごぼうの煮浸し
  • ベーコンとジャガイモのカレー炒め

全体的にアースカラーアフガニスタンに派遣されているアメリカ陸軍みたいな色合いだ。じゃがいも料理が2つあるのも変だ。
でも味は多彩。特に「ピーナッツバターポテト」がお気に入り。蒸したジャガイモに、ピーナッツバターとピーナッツと塩を和えただけ。何かの小説に元ネタがあったはずだが、もう忘れてしまった。
ただ、ピーナッツバターポテトという、奇妙な料理だけが僕の中に残ったのだ。そういうこともある。

 

群青神殿 (ハヤカワ文庫JA)

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ハイウイング・ストロール (ハヤカワ文庫JA)

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お題「どうしても言いたい!」

*1:「氏が違う」をタテマエとしては葬った時代だった。

シンパシーとワンダーの間

まったくもう、と帰宅してからぷりぷり怒っている。

とある映画の試写会に行ってきた。
試写会といってもネットで申し込んでシネコンで観て帰宅してフォームに感想を書くだけの、予約サイトのユーザー向け無料サービスみたいなイベント。
僕がその感想フォームに「Webサイトと予告編には『時間と金の無駄である』と明記すること」「料金は0円〜400円とすること」等と書いても、たぶん何も変わらない。せいぜい、シネコンでの上映回数が激減するだけだろう。
ちなみにSNSその他で公開前に感想を述べることは禁止されている。どの劇場で観たのかも書けない*1

感動作を狙って作ったのだろう。でも全く感動できなかった。
人によってはきちんと泣けたと思う。大人が仕事として100人以上関わって、誰の心も動かさないということはあるまい。

たぶん僕の求める「シンパシー(共感)」と「ワンダー(驚異)」のバランスが、この映画のそれと全然合わなかっただけだ。

 

とかく共感が求められる時代である。
これから日本がもっと貧乏になったら、共感しか残らないんじゃないかとさえ思える世相。
国でも社会でも家族でも、なんでも内向きこそ尊ぶ。「あああ、それわかる」という感激ばかり求める。

僕はどちらかといえば外向きの、異化と発見をもたらす感動、ワンダー(驚異)のほうを多く求める。
SFの魅力を説明する時に「センス・オブ・ワンダー」という言葉を使うように、自分と異なるもの*2に価値を見出す趣味嗜好がある。シンパシーも大切だが、映画館ではワンダー多めが好き、ただそれだけ。

ちなみにSFはサイエンスの部分で、そしてファンタジーは社会制度で現実世界と繋がっていると友人が言っていた。言い得て妙である。

とにかくこの映画はシンパシーばかり、しかも予告編や宣伝ではそうではない、という詐欺的な作品だった。ちなみに原作は(半分しか読んでいないが)ワンダー寄りだから、原作ファンは暴動を起こすかもしれない。

無料の試写会であり、僕は文明人だから暴動までは起こさない*3
ただし参加者の義務である感想フォームにはきちんと意見を書く。
しつこい人、頭の制御ができていない人と捉えられないように、あくまで前向きに、問題点を整理して文章を組み立てた。
この日記は5分か10分で、推敲も読み返しもしないで書いているが*4この感想フォームは10倍くらいのエネルギーを使って書いた。
だから今、ぐったり疲れている。文章でここまで疲れたのは久しぶりかもしれない。

まったくもう。

 

映画の感想フォームには書けないが、シンパシーばかり求める世間の空気がここまであからさまだと、なかなかに生きづらい。
一時期、日本中のプリンがひたすら「とろーり柔らか」なタイプになった事があった。あの時も生きづらかった。

 

 

ミニシアターフライヤーコレクション〈2〉

ミニシアターフライヤーコレクション〈2〉

 

 

思えば静岡県中部に住んでいた時の映画鑑賞環境は素晴らしかったのだなあ、と回想している。
1年ほど「気になる映画は片っ端から劇場で観る」方針で過ごしたことがあった。面白くない映画も多少はあったけれど、今夜のような思いは一度も無かった。ミニシアターのシネ・ギャラリーも、古い東宝会館も信頼できる。シネコンはどの土地でも大して変わらないが、どうしても観ておきたい作品は少ない*5ので僕の“映画生活”への影響はそれほど無い。

今の住まいは映画館から近い。ショッピングモール内のシネコンまで車を使えば10分、中心街のミニシアターへも自転車で行ける距離。友人もほとんどいない独り暮らしだから映画館に行くこともある。でもこの土地で、というのは同系列のシネコン2つと衰退著しいミニシアター1つの香川県では、映画を趣味の中心には据えづらい。

静岡のシネ・ギャラリーは退屈な作品も多かったけれども、退屈とわかっていて選んでいるようなところもあった。気骨のある、シンパシー・ファーストの時代にあえて抗うような選択、あれはなかなか出来るものではない。

 

伝える、広める、人を集める フライヤーのデザイン‐FLYER DESIGN TO ATTRACT PEOPLE

伝える、広める、人を集める フライヤーのデザイン‐FLYER DESIGN TO ATTRACT PEOPLE

 
映画館(ミニシアター)のつくり方

映画館(ミニシアター)のつくり方

 

 

お題「ひとりの時間の過ごし方」

*1:ちなみに僕は帰りにブラック・フライデーセール中だったイオンで大根や酢を、そして無印良品でリングノートを買った。

*2:そもそも自分以外は自分と違うものだ。

*3:700円くらいは手間賃もとい迷惑料を請求しても良さそうな作品ではあった。

*4:でなければ毎日の習慣にはできない。

*5:超大作は観る。でもスター・ウォーズジブリ映画で今日ほど落胆はしないから安心。