知らない宗教のお葬式

つい先日、近所で不幸があった。
今日は葬儀のため、我が家の前の私道も車が停まっている。
土地こそ隣接しているが玄関が離れているため、特に交流のある家では無かった。それでも打ち合わせや手伝いのため、午後の時間を随分と使った。最初は家の前の道路を使うという相談だけだったのだが、花の手配や町内会への連絡等々、相談する事がどんどん増えていったのだった。遺族の人達がそういう諸々を苦手としているので、いきおい自分が口を出し、あるいは連絡・調整する役を請け負う事になった。
ちなみに、この種のイベントを仕切りたがる町内会の老人達は、新型コロナに感染しているか、連休で遠出しているかでつかまらない。ほんの数年前までは、葬儀といえば地元の人達が集まってきたものだが、その体制も廃れてしまったようだ。

メジャーかつ穏当な昭和の新興宗教の葬儀ということで、自分としてはなかなか興味深い体験ではあった。
通夜は無く、葬儀が2日間続く。そして、最近では珍しく自宅での葬儀(式典?)となっている。


老人2人が住んでいた小さな家に、ずいぶんとたくさんの参列者が集まっている。葬儀の規模からしたら世話人的な人が宗教側から来てくれても良い気がするのだが、宗教団体も高齢化が進んでいて、昔ほど手厚いフォローが無いのだと聞いた。

今回は図らずも沢山の手伝いをしてしまった。自分で言うのもアレだが、ずいぶん活躍したと思う。
そのせいか、お供えに使う砂糖菓子や、ちょっと珍しいタイプの葬式饅頭*1を初日だというのにたくさんもらってしまった。
しばらくおやつには困らないだろう。

 

 

そんなわけで、他人の葬儀を手伝って、先ほどようやく自分の時間を持てたところ。
ちなみに午前中は、請け負ったパソコン作業をひたすら進めていた。

 

 

なので神奈川県三浦半島への旅については、明日以降の日記に書く。
実は旅の疲れは、今朝の時点でもほんのりと残っていた。夕方になってようやく、「あ、回復したな」と実感したのだった。それまでは筋肉痛や足のむくみ(?)
や全身のだるさなど、旅の後の疲れが続いていたのだった。今回の旅は本当に体力が足りていなかった。困ったことである。

 

 

 

*1:イースト発酵させた生地にゴマがまぶしてある。静岡県西部の『葬式パン』に近い。

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