花火大会
今日は高松まつり、花火大会の日。
昼間はどんな感じなのだろう*1、と自転車で港まで行ってみたところ、ちょうど中止のアナウンスが始まったところだった。
高松の港といえばJR高松駅の駅前でもあり、官庁街やタワービルもあるところ。市営駐車場はそれなりの料金をとる。
それなのに海側は違法駐車が当たり前なので面白い。違法といっても、すぐそこでバーベキューや釣りをするようなのんびりしたもの。2車線あるからとりあえず往来は可能。
とはいえ、県庁所在地でここまでルーズなのは珍しい。静岡県警の交通課が見たら鴨が葱を背負っているように(あるいはスーパーマリオブラザーズのボーナスステージのように)見えるだろう。
すぐそこに瀬戸内国際芸術祭の大きな展示もあるし、臨時ステージでは何やらイベントも行われている。なのに車は停め放題。フェリーから降りてくる人達を待つ車も普通に駐車している。
自転車で暑いなか走ってきたこともあって、自分としてはちょっとだけ面白くない。「午後以降の混雑は本当に酷い、外出時には駅前を通るルートを避けたほうがいい」と知り合いから助言されていたので、拍子抜けもしている。花火大会が予定通り開催されたとしても、夕方までなら車で周囲を走れそう。
今年は実家の近くの花火大会をキャンセルして四国に戻ってきてしまったので、花火はほとんど見ていない。高速道路から遊園地の花火をちらっと眺めた程度か。
だから高松まつりの花火が見られなかったのは残念。延期か中止かは、まだ調べていない。
ラタトゥイユ
農産物直売イベントに遭遇。夏野菜を買ってきた。
いわゆるラタトゥイユを作る。
パプリカやナスは苦手な野菜だ。でも無いとラタトゥイユらしくない。ピーマンは本当に苦手なので使わない。
例えば健康や節約、それから献立のために、すきでもない素材を使うことについて、友人や知人から驚かれたことがある。
例えば僕は納豆が嫌いだ。食べられないこともないけれど、実家では親も用意しないし、冷蔵庫にあっても食べない。
でも、独り暮らしの時は買うこともある。安くて栄養があって、簡単に準備ができる。朝食にはぴったりだ。
今日のラタトゥイユだってそうだ。野菜はできるだけ食べたい。
そして日持ちがして、冷めていても食べられる。ならば苦手なナスだって使う。
そういう考え方と行動を、わりと多くの人が「変だ」と言う。
これはしかし、僕だけの考え方ではなくて、例えば兄もそういうところがある。だから義姉は「変な家系だ」と指摘する。
奇妙な合理性。味や好き嫌い以外が最上位ではない選択。
実はオクラも苦手*2。でも今の時期は安いし*3、料理は簡単なので、食卓に取り入れようかと思っている。
青椒肉絲はさすがに作らない。
ブロッコリーも嫌いで*4、食べることができたら便利だなあ、と思いながら今のところは買っていない。
古い友人はこの「便利」がよくわからない、という。
せっかくの独り身なのだから好きなものだけ食べればいいじゃないか、と言うのだ。
僕はたぶん、「便利」も好きなのだ。
それにまあ、ピーマンもブロッコリーも毒ではない。理性では痛みを遮断することはできないというが、不味いものは理性でどうにかなると思っている。少なくとも大人になってから、不味くてどうしても飲み込めなかったものは無い。