静岡に住んでいる時に仕事で知り合って、数ヶ月だけ一緒に働いただけなのに、なぜか10年以上も連絡を取り合っている人がいる。
年齢は離れていて、性別も違う。趣味も全然合わない。
普段はまず会わない。
実家が近かった、何かのイベントやお店で再会する、ATMの列に並んでいて出会う、といった偶然があるたびに、FacebookやLINEのアカウントで繋がっている友人。親しい友達というよりは、お互いに知らない世界の情報を(必要に応じて)聞く相手、という間柄だ。
その友人が、突然の独り暮らしを始めた。
昨晩遅くに「離婚して相手の実家を出た。昨日、新しいアパートを借りた、数日のうちにゼロから生活を組み立てなければならない」と連絡があった。
アパートを借りた時に管理会社から「独り暮らしをする時に必要な手続きと家具・家電リスト」を貰ったけれど、細かいところまではさっぱりわからぬ、と困っている様子。僕は半年前に引っ越しをしたので、具体的な情報支援を得られるのではないかと考えたのだろう。
とにかくLINEで状況を聞き出してみる。
昔は独り暮らしをしていた筈で、結婚してからは主婦業もしていたのにもかかわらず、家電および家具、それから台所周りの知識に不安がある。
そういう人は意外と多い。
実務経験は十分にあるのだが、ほぼゼロからその実務環境を組み上げるとなると手が止まってしまう人。
心理的な壁もあるのだろう。
でも、適性や能力の領域で、そういうタイプはあると思う。計算問題は得意でも応用が苦手、とか子供の頃だって知識の活用については個性があった。レシピ通りに料理するのが得意な人もいれば苦手な人もいる。
とにかくサポートが必要なので、「家具」「ホームセンター」「台所用品」のリストを作成し送信する。
家具は最低限、寝具とカーテンだけあれば凌げる。週末になれば実家の親も頼れるらしいので何とかなる。急ぐのはカーテン。採寸すべき部分も図示して送る*1。
ホームセンターについては友人宅の近くにある大型店を想定した品揃えとした。トイレットペーパーや掃除用具など主に消耗品。家電量販店も併設しているので(そして親族が働いているというので)電気製品はそこに任せる。
迷ったら無印良品へ行け、ともアドバイスする。無印を一巡りすれば文化的な生活に必要な品は一通り手に入る筈だ。今ちょうどセール中でもあるし。でもこの人、クラフト紙とか生成りの布とか全然好きじゃないのだった。前に見かけた時はセサミストリートのキャラクターみたいな服を着ていた。
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調味料や台所用品は数が多いため、別に書き出した。
自分の台所を見渡して、まず揃えるべき最小限の品をメモしていく。
食器から鍋、カトラリー、米や塩といった基本の食品まで、リストはどんどん伸びていく。静岡人なので緑茶さえあれば死ぬことはないけれど、「書かないと気づかないであろう品」はアドバイスとして必要だろう。本来は日々の生活から編み上げていくべき部分を今日だけで4割程度は揃えるつもりなのだ。
しかし「片開きのカーテンは右側と左側どちらを固定するのか?」みたいな質問をしてくる人だ。情報の量と質は吟味しなければ大変な事になる*2。
難しい作業だった。
午前中の早い時間に第一稿の送信を済ませた。
定期的に買ったものの画像を送信してくるのは、さすが若者というか、自分の年代には無い文化だ。反応は全てスタンプで済ませる。
そして夕方、電話がかかってきた。
番号は友人のものだが、相手はホームセンターの店員さん。
自分の作成したリストにある「深めのフライパン」の「具体的な深さ」についての問い合わせだった。
その他にも「菜箸はシリコンゴム製で良いか?」「アパートの加熱器具はガスコンロかIHか?」といった質問をしてくる。
おそらく、リストを丸投げされたので、本人に聞くよりはリスト作成者に問い合わせるのが早道だと考えたのだろう。
ちょっと安直かつ、プロの店員としてどうかという質問も多かったけれど、これは丸投げした友人も悪い。かなり頼りなく見えたのだと推測する*3。
ともあれ一通りの質疑応答が終わって、ではよろしくと電話を切ろうとした時に店員さんがこんな事を言った。
「お姉様は何かお仕事でこういった事をされているのでしょうか」
僕のどこがお姉様なのだ。声だって普通に中年男性の声で、言葉遣いも「事務仕事レベルの敬語」だったのに。
店員さんとしては、「きっちりしたリストで店側としてはとても助かりました。今後ともよろしく」というお礼の言葉だったのだと思う。
そういう謝意は伝わったので、自分も「ええまあ、どうも」みたいな曖昧な返答をしてしまった。
先ほどその「お姉様」の件を友人に問い合わせたところ、「リストを店員に見せた時点で早合点したので訂正せずに話を進めた」と教えてくれた。
確かに、「遠く四国に住む、めったに会わないおっさんの作るリストに従い買い物をしたい」と説明するのは、なんというかややこしい。僕だって同じ立場だったらわざわざ説明なんてしない。
でも「いや姉ではなくて友人です」だけで良いような気もするが。
夜には地元の友達が集まって、開梱と設置を手伝ってくれると言っていた。ならば買い物も友人達に頼れば良いのでは…と思うが、そういう意見は「冷たい人間」として歓迎されないのでここに書くに留める。
先ほど、かなり中途半端な状態での、室内写真が届いた。
どたばたして誠に気の毒ではあるが、良い独り暮らしができれば良いと思う。遠い土地から、友人の平穏と豊かな生活を祈っている。
しかしなあ、お姉様かあ。
お母様では無かったから良しとすべきだろう。執事や爺と呼ばれる日が来るかもしれない。妹はさすがに無いだろう。
すっかり失念していたが、可能性としてはお父様は有るかもしれない。つい先日、イオンで知らない子供に「ぱぱー、じゃがりこ買ってー」と言われたばかりだ。
今日は小豆島に行くのを取り止めて、ぼんやり過ごすだけの日になる筈だった。でも思いがけず、お姉様と呼ばれた。これもまた人生の味わいと考えるべきなのだろう。