なんとなく不思議な趣きがある、でも単なる偶然、という状況に遭遇した。
ひとりで仕事をしていて、さてお手洗いに行こうか、と立ち上がった時に、空耳が聞こえた。
わりと近くで、子供のような声で、「違うよ」だったか「そうじゃないよ」だったか、気安くて否定的な言葉だった。
空耳に答えてはいけない、と祖母がよく言っていた。
まるで「蟲師」のような言葉だが、とにかく不吉なのだという。
果たして僕は、この空耳に答えてしまった。
「え?」とか「なに?」とか、その程度の反応だったが、とにかく人の声に反応したことは確かだ。
その直後に、建物の外で大きな音がした。
ばらばらっと、何かが崩れ、ばんばんがんがんと堅いものが割れる音。
外に出たら、職場の敷地の外、フェンスと道路と用水路と桜並木の向こうにある空き地に積まれた木材が、がらがらと崩れていた。
鰹節を燻すのに使う、あるいは蒲鉾の板の原料、よくわからないがその種の地場産業に関する材木を、野ざらしにして乾燥させているのだと聞いた。
風もなく、空気が止まったような真昼だったので、その崩壊は「何でだろう?」と思わせるものではあった。が、けが人も無く、大事にはならなかったから、夕方まで忘れていた。
帰宅時に思い出した。あの声は何だったのだろうか。
これが「外に出た途端、屋上から鉄骨が落ちてきた」といった、もう少し自分に関わりのある災厄だったら、オカルトじみた連想をしていたかもしれない。しかし10m以上も離れた、要は対岸の出来事である。災難だったのは、その材木商か製材屋のおっさんであり、僕ではない。
でもまあ、うん、珍しい体験だった。
たまたま面白い形の雲を見つけた、程度の珍しさ、偶然とはいえ、印象には残っている。あれほどはっきりした空耳は人生初かもしれない。
まるで関係無いが、最近急に、大昔に書いた日記が「検索により読まれている」とのこと。1年に1回くらい、忘れた頃にそんなサイト分析の報告が届く。
「沼津に行き、『どんぐり』で甘い物をたべた」という感じの内容だと思う。自分の書いた日記なんて絶対に読み返さないから、よくわからない。ただタイトルからして、それ以外に無い。『どんぐり』じゃなくて、『ベアード・ビールのパブ』や『hal』かもしれないけれど。
この件で気付いたけれど、僕はタイトルの重複を避けようとしてはいるものの、しばしば同じタイトルを使ってしまっている。だからなんだ、という話ではあるが、でも「沼津」といったら「小旅行」なのは仕方がない。自分で自分を擁護する夜である。