今日は休暇日。
父がかねてから行きたいと言っていた鰻屋に行ってきた。
藤枝市の「まるはん へそまがり」は、鰻屋としては、かなり変わっている。
今は完全予約制。
昔は予約こそ不要だったものの、ずいぶんと待たされた。そして当時は空調が無く、夏場は渡された団扇で涼を取るしかなかったのだった。
今日は11:30に予約を入れて、11:35には食べ始めることができた。
広い古民家風の店内のどこかでストーブが使われているのだろう、寒くはなかったけれど、一般的な飲食店の「暖かさ」とは遠い環境ではある(最近の夏はどうしているのだろう?)。
メニューは基本的に1種類。鰻とごはんと漬物と吸い物のセットのみ。
こちらから言わなければ酒なども聞かれない。
肝の串焼きもあるらしいが、もちろん品書きがあるわけではない。
そして山椒も無い。今日も「山椒ありますか」と聞いて、断られている客がいた。「できれば山椒は使ってほしくない」とのこと。
店名通りの、へそまがりな店である。
それでも客は途切れない。つまり数日前に予約をしてわざわざ鰻を食べに来る人が沢山いる。不親切かつ不思議な店だ。
我が家では昔から、この不親切で不思議な店を贔屓にしていた。
ニホンウナギが絶滅危惧種となってからは、基本的に鰻を食べたいときに「たまの贅沢」として選ぶのは、この店だけ。
理由は簡単で、「へそまがり」が、長く続く人気店である理由とおそらくは同じ。
この店の鰻は、とてもおいしくて、他の店のそれと大きく違っているからだ。
まずタレの味があっさりしている。
あの甘辛いタレは蒲焼きの魅力のひとつではあるのだが、この店のものは甘さもとろみもずいぶんと薄い。
鰻自体も、分厚かったり、脂でとろとろというわけではない。
専門店にしてはいささか控えめな、しかし十分なサイズで、しっかり焼かれたものが皿に載っている。
簡単にほぐれるのに、箸でつまんで崩れない。そして小骨も皆無で、食べやすい。
ご飯は大きな塗りの器に入っているが、上げ底のため量は程良い。最近は食が細くなった父でも、残さず食べることができる量。
そしてこのご飯の炊き加減が最高なのだ。若い頃に初めて食べたときから今に至るまで、白米の炊き加減だけはこの店より上を知らない。
たっぷりした量の漬物もおいしい。
普段それほど好まないぬか漬けだが、この店では残さず食べてしまう。
肝吸いも上品なもの。梅干しの風味がする独特な味。
たったこれだけだが、「鰻はもう、この店だけでいい」と思わせる内容なのだ。
見た目の迫力には欠けるのだが、食べ終えたときは満足している。鰻もご飯も、ちょうどよいおいしさと量だ。
薄めのタレも確かにちょうどいい加減で、そしてもちろん山椒も要らない。
どーんと巨大な鰻重を前にしてがつがつ食べるよりも、この店のささやかな鰻定食をちまちまと食べ進むほうが、おいしい"鰻体験"ができてしまう。
値段だって普段のランチよりは高いけれど、鰻屋としては手軽なほうだ。
今日は、母を亡くしてから1年と少し経ち、ようやく落ち着いた年の瀬を迎えることができた*1ことの慰労も兼ねた、父と僕との忘年会でもあった。「まあいろいろあったけれど、ちょっと贅沢な昼食を楽しもうじゃないか」と2人で「へそまがり」に行き、やっぱりおいしいなあと言いながら鰻を食べる。そういう区切りの昼食だ。
有意義な休日だった、と思う。
ちなみに、最初に父が「へそまがりに行こう」と言ったのは夏頃だったはずだ。
そうだね行きたいね、と言いながら今になってしまった。
ただし、冬のほうが鰻はおいしいのだというから、これはこれで良かったのだろう。
*1:昨年は母のいない初めての年末ということで、どたばたしていた