一般的な日本人にとって、食事の根幹を成すのは米である。
炊いた白米を「ご飯」と呼ぶ。同様に、食事そのものもまた「ご飯」である。
そして一般的とはいえないが一応は香川県民も日本人である。
かの地では「うどん」が主食とされている。
なので必然的に「食料品」と書けば「うどん」と読む。
「今日のお昼ごはんは何だろう?」という問いかけは即ち「今日のお昼は、どんなうどん(ぶっかけor醤油or釜揚げ…)なんだろう?」という意味になる。
嘘である。今、考えた。
でも食料品店を名乗るうどん店は存在する。
今日はそのうどん店のひとつ、「須崎食料品店」に行ってきた。
高松市からは1時間かからない山の中にある。
有名な「こんぴらさん」、いわゆる金比羅宮のある山の(高松市から見て)裏側にある。だから今日は「金毘羅詣で」のついでの訪問。
「食料品店」とはどんな店か。
「青果から少しの肉と魚、菓子類や加工食品、そして生活雑貨(消耗品)が一通り置いてある、田舎の個人商店」である。スーパーマーケットよりも小さく、商圏は集落と周辺に限られる。名字や店主のフルネームが屋号となっている事も多い。
この「須崎食料品店」は、店の3分の1ほどが、うどん店になっている。
といってもテーブルがあってカウンターがあってレジがあって、といった一般的な飲食店の形式ではない。うどんを打つブースこそあるが、それ以外はまるでうどん店には見えない。
そんな店で我々がうどんを食べるには、概ねこのような手順が求められる。
- 行列に並ぶ*1
- サイズ(大or小)およびうどんの温度(温or冷)を伝える
- 店内で注文したうどんが渡される
- ネギ、生姜、出汁醤油、卵(生卵・温泉卵)、一味唐辛子などを適宜かける
- 必要ならば「食料品店」側で買った揚げ物を乗せる
- 「食料品店」内に散在する椅子、あるいは駐車場にある椅子に座り、食べる
- 食べ終わったら器を「食料品店」のレジに持っていく
- サイズ(大or小)および卵の使用を申告する*2
- 現金で支払う
はっきり言って、ゆるい。
今日は「冷たいうどん(大)+温泉卵」に醤油を垂らしてネギをちらして食べて、350円くらいだった。自己申告で大丈夫かと思うが、基本的に数十分の行列に並ぶ客ばかりだから、食い逃げは想定しなくても良いのだろう。
ではどうして行列ができるのか。
あまりにも特異な販売形態であること、その事がテレビや雑誌の「讃岐うどん特集」で取り上げられやすいことが原因として考えられる。「讃岐うどん食べ歩き本」にも必ず載っている。
今日も県外ナンバーのお客さんが多かったし、テレビで見たと騒ぐ「ミーハーな客」も散見された。
上記の通りマスコミ対応もしっかりしているし、Webサイトもあるから、意外とPR活動をきちんとしている店側の戦略勝ちという要素も否めない。この一風変わった「セルフ式讃岐うどんの極地」みたいな形式を店も特徴として活用しているように見える。
でもそれだけではない。
この店のうどん、確かに美味しいのだ。というか格別に美味しい。
こと「コシ」「食べごたえ」に関しては今まで食べたうどんの中でもトップクラスだった。
これと同等のものは、香川県外で脱サラ独立店が作るものしか知らない。といってもそういう店の「コシにこだわった麺」は、塩を大量に使って硬くしているので、滑らかさなどが違う。
当然ながら、讃岐うどんの美味しさには様々な要素がある。出汁や具材、店の雰囲気、温度管理など書いていけばきりがない。
そういった数多い評価マトリクスのなかで、こと「コシ」と「食べごたえ」については、この店がベンチマークになり得る。この店を100とした場合にほとんどの店は80から40ではないだろうか。
讃岐うどん世界大会のための選抜チームを作るとして、「麺」のポジション(フォワード)に加えたい店である*3。
実際、お椀を渡されて、外のベンチや丸イスで食べる体験もなかなか面白い。往年の椎名誠なら「ストロング・スタイル」と呼んだだろう。村上春樹*4ならトスカーナのワインセラー訪問と関連付けると思う。
茹でたて洗いたての麺をべしゃっと丼に入れられて「後はご自由に」である。それで美味しいのだから、楽しくなってしまう。これでいいじゃん、と思えてくる。
原則として「行列が出来るとわかっている店には行かない」を貫いている自分ではあるが、たまにはこうして納得の味にたどり着くこともある。
それでも行列は苦手なことに変わりないし、かき氷店の行列には何があっても並ばないと魂に誓っている。
行列といえば沖縄旅行の際に朝ごはんを食べた店が「行列の店」だった。
牧志の公設市場から数分のところにある、お洒落なカフェ。「カフェっぽいお店でこういう朝食があったら嬉しいなあ」という品ばかりある素敵な店だった。
ただし行列ができていて、他に行きたい店も思いつかず並んでしまったことは痛恨事だ。
サンドイッチは素晴らしかったが、あえて沖縄でサンドイッチを食べることもないんじゃないかと今も反省している。
「旅先ではその土地の物しか口にしない」という原則も破ってしまった。
そして並んでいる途中に目の前の店で「ポークおにぎり」を買ってしまい、後で中途半端な時間に食べてお腹いっぱいになったことも反省している。
沖縄、たいていの食事がそれだけで満腹になる*5。
さて、ここまで書いた時点で眠くなってきた。
須崎食料品店のうどんは単なる朝食であり、その後の「金毘羅詣で」と「善通寺詣で」が今日のメインイベントだったのに。
金比羅宮は奥の宮まで歩き、その後の善通寺へは自転車で往復した。だから足が変な疲れ方をしているのだ。石段を登る疲労と、自転車を漕ぐ疲労。それから最近は目が疲れるようになった。サングラスの購入を検討しているのだが、度入りを用意するのも面倒なのだ。