黒犬の足音

少し前から、アパートの通路(2階)で物音がしていた。
人の足音と、話し声、そして聞き覚えの無い音。
用事があってドアを開けたら、知らないおじさんが、スコップと袋と紐を持ってタバコを吸っていた。

変な人がいるなあ、と思いながら階段のところまで行ったときに、黒い大きな犬が階段をかけ上がってきた。

犬が僕の足にまとわりついても、全く気にする様子が無い。
おじさんがあまりに平気な顔をしているので、なんだか気味が悪くて、声をかけられなかった。


このおじさんは、どういうわけかアパートの通路で犬を遊ばせているらしい。
もちろん住人では無い(独身者用に会社が借りているアパートで、ペットは禁止されている)。
特に快適とも言えないアパート(の敷地と通路)なのに、なぜ犬を放しているのだろうか。
少し歩けば公園があって、そこに行けば芝生もベンチもある。


「何故、ここにいる?」
理由が聞きたいが、予想を超える状況になりそうで、ちょっと怖い。
おじさんの見た目が、ごく普通なのも逆に恐ろしい。

こういうときは、ただの曇り空すらも意味ありげに感じてしまう。
風がびゅうびゅう吹いていて、外がやけに暗い。


今も外に犬の足音が聞こえる。
時折、おじさんが愛犬に話しかけるのが聞こえる。

 

 

もう少ししたら、外出するつもりなのだが、なんだかドアを開けにくい。
奇妙に理不尽な夕方である。

 

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