僕の住むアパートは、周囲を用水路で囲まれている。
敷地の間をくねくねと曲がりくねった水路が走り、見ている分には面白い風景だ。
この辺り全般、というよりも香川県の平野部は水路がとても多い。多いだけでなく、柵や金網などが全くないことがほとんど。
同じような用水路では、4月に訪れた岡山県が有名らしい。確かに多かった。夜中に転落する人も多いと読んだことがある。車が行き交う道の横にあるから、なおさら危険だろう。
香川の場合は、岡山よりは小規模な水路が目立つ。
まず田畑と用水路が整備され、そこが宅地になったのだろう。曲がりくねった水路が、アパートや住宅地や会社の敷地の間に流れている。人が歩いて通れるくらいの道が沿っていて、まだ残っている畑へのアクセスや、水路のメンテナンスに使われている。
場所によっては、地元の人達のショートカット・ルートになっていることも多いと思う。公式な通学路ではないけれど、子供たちが歩いているところも見ているし、犬の散歩や、お年寄りの徒歩移動にも使われている。
僕は近所の散策に、あえてこの水路脇の道を選ぶこともあった。
ただしなにしろ曲がりくねっていて、行き先が思惑通りにはいかないことも多く、突然の行き止まり*1や、草や灌木によって先に進めなくなることもしばしば。
しかも、我がアパートがそうであるように、正式な道路ではなく境界線を歩くわけなので、他人の無防備な日常空間の脇を歩くことも珍しくない。
なので、ただのんびり散歩をするのならば、最近は普通の道を選ぶことにしている。
最初は物珍しかったのだが、商店街の裏通りのような「探検」をするには、気を遣うことが多すぎる。
先週からだろうか。アパートの周りで小さなお子さんと母親の声が聞こえるようになった。どうやら、複数の母子が、人との接触を避けた散歩ルートとして、水路の探索をしているようだ。
公園には人も多いし、幼稚園や保育園は閉鎖されているとなれば、そういう洗濯も仕方がないと思う。
しかしやはり危険ではある。
今日はアパートの前で自転車の整備をしていた時に、「水をください」と声をかけられた。
お子さんが、水路脇の泥の山に足を突っ込んでしまったそうだ。アパートの敷地とは高低差があるので、フェンスを登ってくるわけにもいかない。元来た道を戻ると、かなり遠回りになることは、僕も探検済みなので知っている。
しばし考え、ビニール袋に以下の品を入れて、紐をつけて下ろすことにした。
2回にわけて、これら"救助物資”を渡す。水道水は追加も渡した。
お子さんは大泣きしているが、怪我は無いようで一安心。
こんな時期なのでお礼などは固辞し*2ゴミと空きボトルは僕が後から回収した。我ながら親切な暇人である。暇は人を優しくするのだ。
というわけで、やはり水路は危険である。
普通の路地ならば、ちびっ子が足を汚しただけでは、見知らぬ中年男性(昼間から自転車を分解して、うっとりしている)に声はかけないだろう。入り組んだ、他に人の来ない道だからこその危険である。
夕方に近所を散歩していたら、普通の道路から水路に入る部分に黄色と黒のロープが張られていた。何箇所か同じロープを見つけたので、町内で何かしらのトラブルがあり、対策が為されたのかもしれない。
こういう細かい部分で、貼り紙やら注意書きが増えているのが、この数ヶ月である。
多くの人が、「新型コロナ後」の革新された世界と、ぼんやりと嫌な部分が変わらない日常と、その両方を予感しつつ暮らしている感じがする。これで身に迫った(自然災害のような)危険があれば、また心境も違うのだろうが。
わざわざ草だらけの、綺麗ともいえない、普段は物好きなおっさんしか通らないような水路脇の道を散策する母娘を見て、そんなことを思ったのでした。