スワロウテイル・ヘアースタイル

偶然と、回避不能な理由と、少しの気まぐれに導かれて、普段は行かない美容院で髪を切った。
今は後悔している。

正確に言えば、ドアを開けた直後に後悔していた。
世の中には、一旦入った店から平気な顔で退出できる人がいるが、とても羨ましいと思う。

キラキラしていて、爪の見本が沢山並んでいて、僕の読みたい雑誌が一冊もない、そんな美容院だった。
ハード・ロック風な店名と無骨な外観からは“我慢できる(もしくは入室可能な)レベル”だと予想したが、完全に見積もりが外れた。男性客が許される店なのが唯一の救いだった。

結果として、普段の自分に比べると随分とアグレッシヴな髪型になったと思う。
問題は、それが自分の望んだ結果ではなく、加えて、美容院の後に出勤しなければならなかった事だ。
通勤の車中で“いつもの自分”を取り戻すべく試行錯誤をしたが、芳しい結果にはならなかった。

散髪・整髪が自らの意に沿わないことは判りきったことだ。
というか、切る前よりも髪が煩わしくならなければそれで構わない。何も難しいことは望んでいない。
しかし、今日のコレは酷いと思う。
有休休暇を取得しようかと考えた位だ。

不本意ながら、職場では大変に好評だった。
でも、幾人かの目は明らかに笑っていたし、手を伸ばして(とんがりの部分を)触ってくる者さえいた。
そして(煩わしいことに)役職・業務区分を問わず様々な人達から理由を問われた。
彼らは「店の選択を間違えた」という回答では満足していないようだった。
各々が脳内で勝手なストーリーを作り上げていたようだ。
『人は望まない真実よりも、自らの願望する物語を信じる』という物理学者の言葉を思い出す。

 

偏見を承知で言わせてもらうと、美容師には人の話を聞かない人が多いと思う。
正確に言えば、話を聞いていても、それを正確には理解しない、あるいは意図的に曲解しているように感じる。
僕の言う「少し」と、彼らの「少し」は微妙に異なっていたりする。
「ただ短めに整えるだけで良いです」という言葉が、別の何か過激な指示として伝わっている事すらある。
危険なことだ。恐ろしいことだ。

ただ、美容院のコミュニケーション状況については、それなりに受け入れている。
床屋だって同じようなものであるのは判っているし、第一、他に髪を切る店を知らない(自分で切るのは論外だ)。
それに、自動車教習所や新兵訓練場や深夜のマックスバリューと同様に、世の中には“どうしても不愉快な場所”があるものなのだ。

 

 

しかし今日の担当ヘア・アーティスト(自称)は酷かった。
一般に美容師といえば軽妙な会話が得意技であり、それが苦手な自分は居眠瞑目を以て極力回避しているのだけれど、彼は僕が黙っていても喋るのを止めない。

大体、第一声が
「なにか面白い話をしましょうか」
というのはどうかと思う。
思わず「いいです」と即答で否定してしまったのだが、今思うと「No.Thank You.」の意ではなく「Yes!Please.」と伝わってしまったのかもしれない。
きちんと「面白い話は不要なので黙って良い仕事をして下さい」
と言えば良かったのだろう。

もちろん、予想通り「面白い話」は聞けなかった。
友達の通っていた学校近辺で発生した幽霊騒ぎ、というのを聞かされた。ありきたりな都市伝説だったうえに、僕には関係が無い。

 

奇妙な匂いのヘア・スプレーを貰ったうえに、料金も安くしてくれた。
でも、二度と行かない。

 

 

疲れた。
こんな一日だが、良いこともある。
先程シャワーを浴びたら、髪型が通常の“散髪直後”とほぼ同様となった。
不思議といえば不思議だが、とりあえず嬉しい。

 

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