急に秋になった感じがする。
今日は用事で、自宅より数百メートルも標高の高い土地に行った。もうセミは鳴いていないし、Tシャツだけでは肌寒い。いわゆる「薄手のカーディガンが要る」気候だった。
個人的には大好きな気温と湿度。しかしうっかり涼しさを満喫していたら、ほんのりと鼻風邪になってしまった。
熱もない、咳もくしゃみもない。小青竜湯を飲んだら体調も良くなった。しかし薬が切れたらまた悪化しそうだから、今日は早めに寝ることにする。
旅の記録:南紀白浜・千畳敷海岸
というわけで旅の記録は手短に。
この写真の場所は、南紀白浜の景勝地「千畳敷」。
砂岩が層になって堆積して、波に削られた場所。
見渡す限り、とまではいかないが視界の端から端までこのような光景が続くので、迫力がある。
特に入場料もとられないし、今の時期は閑散としているから、旅の途中に立ち寄るにはぴったりの場所だろう。
残念なのが、落書き。
砂岩だから、ちょっと硬いもので削ることができる。
なので、訪れた人達が名前や日付を刻んでいくのだ。
まるで昭和の観光地みたいだ。最近はこのように名前を残す人も減ったと思う。
しかしどうして、景勝地の落書きといえば名前なのだろう。
友人に(スカイプで)相談してみたところ「頭の悪いヤンキーカップルと中高生の習性だから」と身も蓋もない回答が帰ってきた。では、なぜ頭の悪いヤンキーカップルと中高生は名前を刻むのかというと「他に書くべきものがないから」という。
なんだかよくわからない。
今はそれなりにこの行為も問題視されていて、現行犯で捕まる人もいると聞いた。
確かに繁忙期なら、普通にパトロールをしていればバレるだろう。個人的な感想としては、全員が10万円の罰金を払えばいいと思う。それくらいしか抑止策は無いだろう。
この落書き、平成の日付が入っているもので、かつ海岸から近いものは、かなり輪郭が曖昧になっている。台風の時などに削れるのかもしれない。
さらに言うと、この落書きに添えられた日付は、元号表記ばかりだった。
神社仏閣の「削れる塗装や石」に落書きを刻む人達も西暦より元号を好むと雑誌で読んだことがある。桁数が少ないこと、そして「左翼・インテリ・サブカルは西暦を好み、右翼・ヤンキー・保守派は元号を使いたがる」ことの発露(?)ではないか。
ともあれ、景勝地というだけでなく、自然観察の場としても実に美しいところなのだ。
傷をつけて良いはずがない。
南紀白浜という土地は、砂浜、砂岩、普通の岩石の磯と、さまざまな海岸が楽しめる。
ちょうど潮溜まりには生き物がひしめく季節で、海沿いの散策も楽しかった。
しかし帰路、紀伊半島を和歌山から三重に向けて移動していると「複雑怪奇な岩と磯の海岸線」が延々と続くのだった。最初は何度か車を止めて眺めていたが、だんだん飽きてくる。貝殻細工と干物を売る寂れた土産物屋も、嫌になるくらい見ることになる。
磯と奇岩については、旅の最終日に「お腹いっぱい」になったのだった。
そんな紀伊半島の磯、そしてサンゴ礁の水族館「串本海中公園」については後日書く。
この旅行で最も巨大だった目的地「アドベンチャーワールド」も、また後日。
今日はもう寝る。おやすみなさい。