ざっくばらん面談の日

先々週くらいに、新しい部署に異動になった。そろそろ慣れてきたと思う。
ずいぶんと人の出入りが多い課で、というか「捨て台詞を残して辞めていく期間社員・契約社員あるいは派遣社員」が多くて、ここ数年はそれが(大きな声では語られないが)問題となっている、らしい。
確かに様々な局面で、「この職場おかしいんじゃないか。いくつか回った他の職場も違和感や欠点は多々あるけれど、ここは桁違いだ」と思うところがある。今のところ辞めようとは思わないけれど、もし辞める心境になったら躊躇なく辞めてしまいそうで、その時には捨て台詞を吐くかもしれない。僕の場合、提案書の形をした捨て台詞になるのでは、と予想している。気がつくとそんな想像上の提案書を考えているし、一緒に働いている人(派遣社員)も、「日々、心のメモ帳に刻みつける項目が多い」と語っていた。
僕は半ば研修という形で、ある限定された期間だけの滞在と決まっているため耐えられるが、確かに「転属の予定はありません。延々とこの部署で働いてください」と言われたら、ストレスは相当のものだと思う。
長く働き続けている人達は平気、他所から来た人達は疲弊する、そんな種類の職場なのだ。

 

 

さて、今日は人事部長から呼び出しがあった。「新しい職場にも、そろそろ慣れたことでしょう。今日はざっくばらんに、思うところを語ってください。ちょっとした違和感から、大きな不満点まで、遠慮なくおっしゃって下さいね」というメールが来たのだ。上記の「人がどんどん辞めてしまう問題」への対応という事らしい。

指定された時間に、指定された会議室に行く。少し遅れて人事部長が入室する。
開口一番、「じゃあ、ざっくばらんにいこう」と大きな声を出す人事部長。そして「どうよkatoちゃん。仕事は楽しい?みんな優しい?気になるところはあるかい?」と続く。
正直なところ、「なんだよこいつは」と思った。ざっくばらん、って、つまりは“〇〇ちゃん”という事なのか。採用面接の時に会っただけの間柄じゃないか。
一瞬だけ「わかりました、部長…いや違うな、今日は“ざっくばらん”だったね。オーケー、じゃあ僕も君のことを“JB”って呼ぶよ。そう、Jinji-Butyouの“JB”さ。いいだろマイ・フレンド」とか言おうと思ったけれど、もちろん言わない。足だって組まない。この状況で“ざっくばらん”の度が過ぎた場合、クビになるのは僕であって、どう考えても人事部長(JB)は安泰なのだ。ずいぶんと非対称なざっくばらんである。

でもまあ、せっかくの機会なので言いたい事は言う。普段から「他の企業からの転職者として、今までの経験を踏まえた新しい視点で改革を進めていって欲しい」と言われているのだ。駄目なら辞めちゃえばいいや、という気分も(もちろん)ある。
話すのならばしっかりと伝えなければ意味が無い。だから、きちんと順序立てて、正しい言葉遣いで、全否定をしないよう気をつけながら話す。日常的に妄想している“職場を去る時の提案書”が、とても役に立った。
自分ではそれなりに正当な事を言ったつもりだった。そんなに難しい事柄じゃない。他の事業所や部署や企業では当たり前に守られている事ばかり。「水曜日は“残業ゼロの日”制度、大いに結構。しかし不幸にも水曜日に残業することになった場合、1時間程度ならばサービス残業として処理するのはあんまりじゃないか」みたいな話。あるいは、「昼休みに(自主的に)働くことを求めるのは、労働法上いかがなものか。そのほうが早く帰宅できる、という動機はわかるけれど、コンプライアンスの関係は大丈夫?」といった話題。
しかしほぼ全ての問いかけは、「でもそれはあの部署の文化だからねえ」か「そりゃあ法律で決まっている事だけれど、それじゃ仕事が回らないから」という、人事や総務の人間とは思えない返答だった。
あまり堅苦しい事は言いたくないが、「それじゃ仕事が回らない」が通用するのなら、法律なんてゴミ箱行きである。みんなでサービス残業を企業文化として守っていけばいいと思う。僕はそれには参加しないし、できない。というような事を(オブラートに包みながら&非ざっくばらんに)反論した。

これで人事部長(マイ・フレンドのJB)が考えを改めてくれるとは思えない。なにしろ“katoちゃん”で胸襟を開いたつもりになっている人なのだ。そういう意味では、面談開始時点から絶望しているといえるだろう。
ともあれ、話せて良かったとは思う。こういう事は、特に仕事を習いながらでは、なかなか日常業務の中では言い出せない。言ってもいいのだが、人によっては働きぶりや仕事の内容を否定されたと気分を害する人もいる。部外者の流入が少ない部署ならば、なおさら。「職場の常識」というのは、本当に難しい。

 

面談のあと、一緒に働いている人達から、「どうだった?」と声をかけられた。
「ざっくばらんに話してきました。ハイタッチから始まり、ラップの応酬で意見を戦わせ、熱いハグで終わりました」と伝えたところ、明日がこの面談日である同僚が、本気で怯えていた。悪いことをしたと思う。そういえば、この部署に来てから冗談を言ったのは、初めてかもしれない。少なくとも、真顔で冗談を言った事は、無かったと思う。

 

 

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