信号機のない横断歩道

昨日の日記の通り、今日は雨。
時折、強い風も吹いている。いわゆる春一番なのかもしれない。

 

寒くはないが、部屋にいると元気が無くなる気温や明るさではある。とはいえ今日は外出する予定も無く、ずっと読書や小さな工作や映画(Amazonの動画配信)で暇つぶしをして過ごしている。暇を潰すほど暇ではない時にこういう事をしても気が滅入るばかりなのだが、どうにも身体が動かない。

 

ところで先日、ちょっと面白い調査結果を知った。
JAF」の「信号機のない横断歩道での歩行者横断時における車の一時停止状況全国調査」というもの。

読んで字の如く、信号機の無い横断歩道で停まる車がどれだけいるのか、を県別に集計したもの。

www.jaf.or.jp

 

これが静岡県から香川県に移り住み数ヶ月住んだ実感に、とても合うのだった。


http://www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/crosswalk/image/graph01.png

 

 

 

調査結果は上図の通り。

長野が1位なのはなんとなくわかる。あの県は人口が少ないわりに、“権力”が幅を利かせている印象。交通安全に限らず規制や取り締まりや“取り組み”が目立つ土地だ。風景がのんびりしているからこそ、少し滞在して際立つ違和感。ただしこの突出は、何かしらの調査ミスではないかと思ってしまうが。なにしろ各県で2箇所ずつの調査だ。

 

静岡が2位。
これもまあ、実感としてよくわかる。
かの地では、規範的であることが尊ばれる。もちろん色々な人がいるけれども、「穏やかで利他的で、優しくあること」を重視する傾向が、ほんの少しだけ強い。別の言い方をすれば、「ルールを守り他人に譲ること」を正しさとして武器にする傾向にある。
他ならぬ自分がそうだ。

下に書く大阪や三重のような「反骨とヤンキー性」の強い土地と違い、この性向はいささかややこしい側面を持つ。
同じ県内であっても中部の人間は西部(というか浜松)の人達を「商売っ気が強くしたたかな連中」として下に見ている。この価値観が他県の人間に通用すると思った中部人が雑談で話したところドン引きされた、なんて事例も聞いたことがある。

ともかく静岡の人間は「おおらかで、計算高くなく、時には損をするくらいが文明的である」と考えている。過激だ。

 

 

話は逸れるが、大阪人はアンチ・インテリの傾向が強くてびっくりする。
前職においては「大阪のお客さんに「本やネットで調べた」は禁句。どうしても、というのなら「徹夜で調べた」と言え」という“営業のコツ”を何度も聞いた*1
かの土地では「真面目だねえ」は蔑みの要素がある。「法律で決まっている→東京の政府の連中が決めた→血の通っていない本質的ではないルール→守るのは悪」となる。

 

 

 

香川県はかなり低い。平均以下、下位グループである。
これもまあ、納得してしまう。
小さくて交通量だって大したことがないのに、事故はとても多い。あちこちで小さな諍いを見かける。
高松市は細くて曲がりくねった道が多く、必然的に先読み能力が磨かれるし、実際に譲り合いは習慣になっている。
なのに、運転はとても荒い。ウインカーを出さない、右折時に交差点内での車線変更は当たり前、そして横断歩道では本当に一時停止をしない。横断歩道が見えてきても減速をしないし、歩行者がいて停まれば追い抜こうとする車も珍しくない。

 

で、自分としては、この交通マナーに関しても「県民性」みたいなものなのかと思ってしまう事が公私ともに多いのだった。


つまり、車の運転に限らず、「ルールを守る、愛想よくする、他人のために動く」ことを尊ばない気性の人が多い、そんな印象を持つことが多々あるのだ。
もちろん道徳の無い未開の地、と言いたいわけではない。
ただ、善行や優しさや法令遵守について「これ以上はやり過ぎ、無駄である」というラインが他県に比べて低いように感じることが多い。
綺麗事を嫌がる風土、と言い換えてもいい。

もちろん自分はこの土地に住み始めて数ヶ月、それ以前の仕事での関わりも含めても関係した人間なんてそれほど多く無いのだけれど(ちょうど昨日、200枚の名刺が無くなった)そして仕事では中小企業の人たちとの関わりがほとんどということもあって偏りがあることは確かなのだが、でも県外出身者が集まる度に、そういう”印象”はよく語られることも確かなのだ。「香川県あるある」の定番といっていい。


雑にまとめると、香川県民は「止まったら損やん、なに格好つけとるの?」という価値観を持つ。
生き馬の目を抜くようなハードな世界観が好みなのだ。

そういえば、仕事で女性ばかりの職場に出向くことも多いのだが、接客マナーレベルの「愛想良くする」ことを陰で見下す人が多くて驚いている*2。顧客ではない人への言葉がきつい人も目立つ。
「西の言葉はきつく感じる」という関東・中部人の刷り込みを差し引いても、社会人として、あと少しオブラートに包んだら全員が幸せなのに、と思うことが多い。

もう10年以上前の話になるが、コンビナートや大型工場の設備設計をする会社の講演会で聞いた話を思い出す。「四国では、仕事を受けた際には“協業”は期待できない。基本的に“丸投げ”であり、特に他業種への敬意や興味なんてものは期待してはならない」という話を聞いたことがある。小さな会社の事務員さんでも、そういった傾向はあると思う。損得を考えるにせよ近視眼的な判断が目立つのはなぜだろう。

 

うちのトコでは5

うちのトコでは5

 

 

これもまた余談だが、三重県の人達が停まらないのは、単に田舎だからだと思う。それほど交通ルールを守らなくても暮らせるのんびりした土地なのだ。たぶんルールを「知らない」のではないか。
でも周辺の大都市(大阪や名古屋)からの影響も強く、かなりヤンキー風味が強いところもある。
少なくとも三重県北部は、大阪の文化が強いと思う。

 

神去なあなあ日常

神去なあなあ日常

 

 

 

というわけで、実際のところ、こういう話はいくらでも説明が付いてしまう。
ものすごく簡単に「実感」に言葉を付けて補強して、さらに実感を強めることができる。
それなりの説明ができてしまって納得できてしまう先にあるのは偏見である。それはとても怖いこと。今の自分には「楽しい分析」であっても、今後必ず訪れる苦境の時にはこの偏見が悪い方に効いてくる。だからこの話は、そろそろ止めようと思う。

 

動物からの倫理学入門

動物からの倫理学入門

 

 

ところで車の運転でいえば、東京はとても走りやすいと思う。
交通量や道の作りは壊滅的なのだが、ドライバーが「相手は他人だ。意思なんて通じない」という前提で接してくれる。結果的にとても落ち着いて走ることができる。

京都は怖い。タクシーやバスの運転が荒い。これはもう偏見とか関係無く、一生語り続けていこうと思う。

 

きつねのはなし(新潮文庫)

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*1:アンチ東京、が大阪人の根底にあるともいう。残念ながら景気が悪い時には反発心はマイナスの結果に繋がる事がほとんどなので、2番手都市の避けられない性質とはいえ「いつまでやってるのか」と思うことが多い。大阪維新の会とか。

*2:1日ずっと事務所の隅を借りて働いていると、どうしてもそういう声が聞こえてくる。