「学校でプリッツを食べた奴はリア充」

先日聞いた言葉が印象に残っている。

「学校でプリッツを食べた奴はリア充

なんとなく光景が浮かぶ。
いや、自分が学生の頃は、プリッツは完全に「ちびっ子のお菓子」であり、高校生あたりが休み時間に雑談しながら食べる文化は存在しなかった。あれは自分が大人になってから普及した「学校生活っぽい描写」のひとつだと思う。

とはいえ親戚の子や歳の離れた友人からは、やはり学校でプリッツやポッキーを食べているグループの存在を聞く。そういえばポッキーに関しては大学生の頃は食べていたかもしれない*1。味やかたちにバリエーションが増え、大人でもプリッツやポッキーを食べるようになる前のことを今のおじさんおばさんは覚えている筈だ。

経験は無くとも想像はできる。
プリッツはコミュニケーションツールの要素が大きいお菓子だと思う。ひとりで黙々と食べてももちろん悪くないけれど、友人知人とシェアするほうが“らしい”のではないか。
そういうお菓子をわいわい騒ぎながら食べる人達は、リア充の烙印を押されても文句は言えない。

自分はどう考えてもそちらの人間ではなかった。
でも唐突にお菓子を貰うことはあった。クラスでいちばん派手で元気な女子集団が唐突に「ねえねえ、食べる?」みたいな感じでお菓子をくれた。で、自分は「食べる」と1個受け取り、もぐもぐ食べて会話には加わらない。それでお互いにオーケーという今思うと妙な関係が成立していた(相手のことは知らないが仲が悪かったことも無いいし、お菓子は継続して貰えた)。

今だったら感想を伝えていただろう。分析評価みたいな事だって言える。しかし当時は「ありがとう」程度しか返事もしなかった。ただ席が近いから気を遣って分け与えたのだとしても、いかにもボンクラである。

 

 

トカゲ主夫。 -星喰いドラゴンと地球ごはん- (アース・スターノベル)

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今日はそのプリッツを職場でいただいた。
小袋入りのものを貰ったのだ、年若い同僚に。

久しぶりに食べるとなかなか美味しい。
僕は飲めないけれど、ビールのつまみになりそうな味の濃さ。前に上野・御徒町の商店街でアジア系の観光客が箱買いしていたが、まとめて買えば配布用お土産として成立する良いお菓子だと思う。箱はコンパクト、安価で、しかも形も凝っている。

 

 

さて寝ます。
ああ疲れた。ここしばらく心が落ち着かない休日が続いた。今回は連休、そして仕事上の懸案諸事は全て「なるようになれ」と放り出すしか無いから、安心して放置できる。
困るのは火曜日から。土日と月曜はのんびりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:いちごポッキーがある時期から急に美味しくなった事も覚えている。