夜のチャイムと公団住宅の老人達。

僕の住むアパートに隣接して、公営の団地がある。
そこそこの面積と棟数が集まる、古びた鉄筋コンクリート製の集合住宅。公園と集会場も備わる、昭和に栄えた感じの団地だ。
階段や通路に手すりと非常呼び出しボタンが増設されているのは、現在はお年寄り専門の団地だからだと推測する。いや、そういう公団住宅の使い方があるのかは知らないが、でも本当に高齢者ばかりで、朝はデイサービスのワンボックスカーがたくさん並ぶ。

勤め人ならば自家用車必須ともいえる土地なのに駐車場の空きが多いのも、住人の多くが高齢者で占められているからだと思う。停めてある車も地味な軽自動車が多い。ごく少数、ヤンキー仕様の自動車が周囲から浮いた感じで停まっている。
建物自体はいかにも低所得者向けの暗さと古さがあるけれど、花壇とゴミ捨て場は徹底的に手入れされている。その風景は、慣れるまではちょっと不思議な感じだった。
まあ、そんなうら寂しい団地が、アパートのフェンスを隔てた隣にあるのだ。

 

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この団地の「管理体制」がとにかく厳しい。
来客用駐車場に停める時は、訪問先の部屋番号と名前、車の持ち主の電話番号を記した紙をダッシュボードに置かねばならない。
なぜ住人でもない自分がそんなことを知っているのかというと、ルール違反があるとその旨を敷地内に放送するからだ。
小中学校のグラウンドにあるような大きなスピーカーで、ルール違反者がやって来るまで数分毎に放送がある。ナンバープレートも読み上げられる。
敷地内に響き渡る、ということはつまり、隣接する我々のアパートにも大音量でその警告が聞こえてくるわけで、正直なところかなりうるさい。スピーカーのいくつかは自分の部屋のベランダ側に向いているので、なかなかの音圧である。

しかもこの警告は、朝でも夜でもおかまいなしだ。
いちばん遅くて、夜の10:30だった。何か非常事態が発生したのかと緊張したので覚えているのだ。
窓を開けたら、呼び出された人達と、管理する側が口論する声が聞こえてきた。自分に関係無いとはいえ、気が滅入る状況である。

 

ここ数日、平日の昼間に自室で過ごしたのだが、やはりこの放送は頻繁にある。今日は「自治会の各棟代表者は指定の時刻に談話室に集合せよ」という呼び出しが3回もあった。たぶん、初回の呼び出しで全員が揃わなかったのだろう。3回目は放送前のチャイムを2回、繰り返していた。

 

(118)どこまでやるか、町内会 (ポプラ新書)
 

 

 

お年寄り中心の団地とはいえ、さすがに近所迷惑が過ぎる。
最近その放送が増えている気がする。だからなのか、先ほど、近隣住民の代表者とアパートの大家さんがやってきた。

  • 全棟放送について、近隣住民から苦情が出ている
  • 特に夜間は緊急放送のみに限定して欲しい
  • 違法駐車に関しては車止めや警察への通報なども検討願いたい*1
  • 日々の連絡についても電話の活用など配慮をお願いする
  • 団地の自治を否定するものではない
  • 団地住人が行う毎日の掃除、花壇の手入れは地域の誇りである
  • 他の公団住宅での運用事例を添付するので参考にして欲しい
  • この書類はコピーを行政にもお渡しする

上記の内容が大きな文字で書かれた「お願い」について、署名を依頼された。そして、この残念な状況は1年前から発生していること、全量でそこそこ元気な老夫婦が団地自治に関わってから続いていること、今まで行政を介さず話し合いで解決しようと試みたが無理だったことを教えてもらった。
この「お願い」についても原文はアパート運営会社が作ってくれたそうだ。「この市の公団住宅は独特なんです」とのこと。

 

これでいきなり団地内の放送が止まるとも思えない。
しかしなにしろ知り合いのいない独り暮らし、今までこの状況を「この土地の当たり前」だと思い込んでいたので、そうではないと知ってほっとしている。きちんと違和感を持つ人達がいたのだ。
古くて大きな公共住宅群、閉鎖的な高齢者集団、夜に響くチャイムの音、そういうものには妙な怖さがある。静かで平和な四国だからこそ、地味なホラー映画(本当に怖いやつ)に似た何かが起こりそうなのだ。

 

 

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*1:そもそも近隣に店や公共施設があるわけでもなく、空きだらけの駐車場において、「うっかり」ルールを守らなかった車に対して放送での呼び出しは、過剰な対応だろう。夜中なら車止めでもして朝に対応すればいい。

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