水筒を忘れた / 完全減塩うどん

昨日の退勤時に、水筒を忘れた。
でも大丈夫、通勤時間が10分未満だから、取りに行くのも簡単。

簡単だがそれでも外出。
今日はもう、ひたすらに忙しい。
古い友人達と会う(これは楽しい)、出張の準備、旅行の準備、なんとなく荒れた部屋の掃除。

 

よく精神状態と部屋の様相が関係していると言うが、確かに心身が“とり散らかっている”と、部屋もそういう状態になる。

僕の場合は、とりあえずゴミ袋を用意して、目に付いた不要物を放り込んでいく。それだけで部屋はなんとか過ごせるようになる。
それ以上のことはしない。落ち着いたら、がんばる。

 

 

予想以上に良い天気。
ジェット機の騒音がするのは、遠くの街で航空祭をやっているから。昼間の外出が忘れ物の回収だけではつまらない。というわけで、先ほど近所のマルシェに顔を出してきた。
そこで購入したうどんを茹でて昼に食べてみた。
「完全減塩うどん」と銘打たれた手作りの品。これがむにむにと中途半端なコシで美味しくない。
実は父(蕎麦打ち趣味)の知り合いが作っているうどんで、この“減塩”の理由は、教則本にあった使用量に驚いたからだと聞いている。

料理においては減らしてはならない添加量というものがあって、この「完全減塩うどん」はそれを下回ってしまったのではないか。そういうタイプの不味さだった。

よくお菓子作り、特に焼き菓子制作において、同様の「実際の量を目の前にして怖じ気づく」減量のトラブルを聞く。あれは砂糖だが、結果は同じだ。かつてパティシエの友人がこの「うっ!と思って減らす」ことの弊害について語っていた。「うっ!多い」と思うことは完全に正しい、なぜならば日常感覚からの判断だから。
しかしその量には理由があるのだ。ただ減らして平気ならば、みんな減らしている。
このことを教育者は「歴史に学べ」と言う。パティシエは「お菓子作りはサイエンス」と表現する。

なんだか溶けそうなうどんを食べながらそんなことを思ったのだった。伊勢うどん讃岐うどんを混ぜながら茹でたような不思議な不味さだった。まだ冷蔵庫に2玉残っている。

 

では出かけます。
昔の友人の送別会、そして久しぶりに会うお茶会でもある。
だがまだプレゼント(革のコードホルダー)が完成していない。20分で完成させねば。

 

お題「ひとりの時間の過ごし方」