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映画『カルテル・ランド』

本来ならば静岡市の山奥で開催される野外音楽イベントに行くつもりだった日曜日。その為の準備、服や飲み物もぬかりなかったのに、早朝から咳が酷くて断念。いや、昼にはそれなりに元気だったのだが、万が一の体調不良も避けたいし、何より不安を抱えたままライブというのもなんだかなあ、ということで取りやめにしたのだ。

でも外出は、する。
静岡の街で、いくつか買い物をする。本だって買う。
それから映画館で『カルテル・ランド』を鑑賞。これはとびきり、気分が重くなるドキュメンタリーだった。



いわゆるメキシコとアメリカの麻薬戦争の映画。
メキシコでは自警団が組織され、かなり過激に“カルテル”との武力闘争が行われた。その中心人物だった医師と、アメリカ側でやはり自警団を組織して国境警備にあたる男にスポットを当てている。

メキシコでの自警団活動は、問題を孕みつつも成果を挙げる。今までカルテルに支配されていた地域を順番に開放し、またカルテルの被害者達を吸収して拡大していく。その過程で、自警団もまた、新たなカルテルじみた集団へと変貌する。いや、変貌というか、法の縛りのない暴力という最初の段階から、無法者ではあったのだ。

彼らの主張は、間違い無く「一理ある」。だが、動きの鈍い警察や司法の意見もまた、そして麻薬を作り流通させるカルテルの意見ですら、「一理ある」。だからとてもややこしい。

大きな黒幕が操るわけではなくとも、この麻薬と暴力を巡る状況は駆動し続ける。まるで調和した生態系のように。
悪徳を為すカルテルはもちろん、反対勢力が純粋に正義や自己実現、生存をかけた努力をする、それすらも組み込み穏やかな変化を続けながら、米国に麻薬を供給し続けるひとつのシステムが出来上がっているのだから、救いが無い。

救いが無いといえば、この反カルテル運動そのものが、第二勢力たる別のカルテルからの、あるいは海外の麻薬組織からの資金援助による工作だったのだと、これは映画以外の情報で知った。
確かに、貧しい地域の男達が、たとえ生存をかけた戦いだとしても、仕事を放り出して武器を手にパトロールするのだから、経済的な問題はどうなっているのだろうと鑑賞しながら思ったものだ。

これはもう、不謹慎を覚悟で書くが、でもこの反カルテルの自警団の人達は、なんだか妙に楽しそう。葬儀での悲壮な女性達と対照的に、ごてごてと弾帯や付属品をつけた雑多なライフル銃を振り回し、お揃いのTシャツを配る男達はとても元気そうだ。

このお揃いのTシャツを作ってしまうあたりは、「仲間の正義」で盛り上がる日本人のメンタリティに近いような気もする。ふと、そんなことを思った。

 

「一理ある」から行動する、とても大切なことだ。
だがそれが暴力、集団での暴力だった場合にどうなるのかは、麻薬戦争とは直接の関係が無い僕達もまた忘れてはならないと思う。法の存在理由のひとつが、暴力装置の制御だ。「じゃあ黙って被害者になれというのか」と言われると、冴えた回答なんて誰にもできないにしろ、それでもやはりその自覚は持っていたい。

 

 

https://www.instagram.com/p/BH9OePwDPi6/

さて、映画以外に書くべきことといえば、例えばケーキを食べたことが今日のトピックだったかもしれない。MARIATHANKで食べたティラミス・タルトが、妙に美味しかった。夏は酸味や果実を味わうことが多いが、このこってりしたチーズとコーヒーのスイーツが、なぜか暑い日にも美味しい。空調の効いた涼しい店内だったからこその贅沢、だったのか。

https://www.instagram.com/p/BH9nS-bjn_W/

これは「笠井珈琲店」のピーチメルバ。

映画の前に食べた。笠井珈琲店は、明後日以降は8月末まで夏期休暇とのこと。いいなあ。