帰宅したら、台所にタチウオが置いてあった。
サイズは小さめ、しかし数が多い。

父の知人である近所の老人が、港かどこかで釣ってきたらしい。
父が老いるにつれて、そして母が亡くなってから、我が家にはこういう贈り物・お裾分けが増えた。善意でもあるし、余り物の押し付け先でもあるのだろう。
四国に住んでいた時は、離島の小さな集落などで、こういった収穫物のやりとりの話をよく聞いた*1。
僕が住む昭和の新興住宅地の外縁エリア、田んぼと湿地と低山だった土地でこういった物品のやりとりが行われるのは、少し不思議ではある*2。
ともあれ、いきなりタチウオを貰っても困ってしまうのだった。
三枚に下ろすのは父が行うとしても、料理するのは僕だ。いきなり生魚を扱うのは、疲れて帰宅した身にはつらい。
それに、今夜は他の料理を作るつもりだったのだ。
久しぶりにグラタンを作ろうと思って買い物も済ませたのだが、おそらくグラタンはタチウオは合わないだろう。
そもそも、今日のタチウオは身が薄い。
届けてくれた父の知人(釣り人)も「小さなタチウオが大量に釣れた。家に持って帰ると家族に嫌な顔をされるのだ」と言っていたと父から聞いた。そんなものを我が家に(略)と思うけれど、もちろん言わない。
そんなタチウオは、塩焼きにしたら崩れそう。骨が多い魚だから、どんな食べかたでも苦労するだろう。
仕方がないので、ブイヤベースというかアクアパッツァというか、ああいう洋風の汁気が多い煮物(?)にしてみた。なにしろ量はあるから、骨が取りにくいのなら残してもOKな料理にしないと大変なのだ。
玉ねぎとトマト、庭のパセリと月桂樹、それにいつ買ったのか覚えていない乾燥バジルを使って簡単に作ったわりに、なかなかおいしいものができた。
夏の終わりに作っておいたドライトマトが、とても良かった。冷凍しておいて良かった。
それでも、まだ細くて薄いタチウオは、たくさん残っている。
とりあえず冷凍して問題を先送りにした。
冷凍庫はキッチンの問題の多くを解決するとよしもとばなな氏は言っていた。至言である。







