多くの日本人が旅行用のメジャー(巻き尺)を持っている、と何かで読んだ。90年代の統計で、所持率が8割5分くらいだったか。土地によっては、小中学校の「修学旅行のしおり」に、必須の持ち物として書かれているそうだ。
僕も一般的な日本人であるからして、やはりメジャーは旅の道具として欠かせない。小さくて軽い、布なのかガラス繊維強化フィルムなのか、とにかくぺらっとした裁縫用のものが便利。金属製でストッパーの付いた大きなものは、重くて使いづらい。
旅用ならば、軽さと小ささが最優先される。いま手元にあるものは60cmまで測ることができる。
ところがどういうわけか、僕の観測範囲では、旅行鞄にわざわざメジャーを入れていく人間は皆無なのだった。聞くと「信じられない」と驚かれる。どこか遍在した習慣なのだと推測する。
あればとても便利なのに。
スーツケースや宅配便を使うような旅でなくとも、いやむしろ身軽な国内旅行のほうが出番がある。お土産に買う食器のサイズを測る、びっくりするような大きな食べ物に遭遇した時に大きさを計測する、そんな使い方が多い。使い捨てになるが縛り紐にも使えるし、最初に書いた本では、毒蛇に噛まれた時の止血帯に使えるとあった。
一時期、15cmまで測れる薄いステンレス製の物差し(いわゆる金差し)を持ち歩いていた時があった。転勤しても転職しても、この物差しは何かしら縁がある。
しかし応用の幅という観点から、旅ではやはりメジャーを選んでしまう。
とはいえ出番そのものはとても少ない。
僕は旅には小さな折り畳み式の爪切りを持っていくが、それよりも使う機会は少ないと思う。無いと困るし代替が効きにくい、そんな道具。
そういう道具を鞄に入れていくと、荷物はどんどん増えてしまう。
上述の小さなメジャーは4cm角の正方形、ごく薄いものだが、だからこそ何処に仕舞っても取り出しにくいし、他のものに紛れても面倒だ。出番になった時に“いつもの場所”にあるのが望ましいが、ほぼ非常用の道具に良い位置を占めさせるのもおかしな話。
そういう小さな単機能の道具は、他の何かと組み合わせるのが良い。
例えばキーリングにペンライトを付ける、といった工夫がそうだろう。最たるものはカラビナ付き多機能ツールナイフなのだが、ともあれメジャーも他の旅行の道具と“合体”させたい。
旅行の道具といえば鞄である。
今回は、いちばん出番の多いフェールラーベンの「Kanken」そのものに装着することにした。アウトポケットのジッパーにタブが欲しかったのだ。だから、メジャーを内蔵したジッパータブを作るのが、工作のゴールとなる。
思いついたら、作るのは簡単。
総作業時間は30分程度。何しろ小さいから、縫う距離が短くて済む。
接着剤を乾かす、オイルを塗って乾かす、それから日に当てて変色させる、といった放置時間があるから、構想から完成まで3日かかっているが、工作としては空いた時間に少し手を動かしただけで、あまり面白いものではない。図面も作らず、目分量で全て済んでしまった。
中にはNFCタグが仕込んである。
つまりスマートフォンにかざした時に何かしらのアクションをするよう設定できるのだけれど、鞄に取り付けたジッパータブと連動させる機能やアプリが思いつかないので、たぶんこのまま忘れ去るだろう。
染色も何もしていない生成りのヌメ革だから、使う前には日焼けさせなければならない。2日間、半日陰に放置して、ようやく薄茶色になった。ここまでくれば一応は使える感じになる。オイルを塗り込んで、何日か日焼けさせることで丈夫になるし、風合いも良くなる。
あと何日か日光に晒せば、たぶん食パンの耳くらいに色付くだろう。それで本当に完成。
下の写真は日焼け前のもの。2日間でずいぶん変わる。
このタブに内蔵されたメジャーは、無印良品で安売りされていたもの(かわいそうな売れ残り品)。確かタグツールとかいう商品名で、元からシリコンゴム製のホルダーに入れて、キーホルダーやタグとして使うようにできている。だからこそ小さく簡単に作れたともいえる。
というか、まずこのメジャーを衝動買いして(値引き後の価格が300円で、さらにセール価格で1割引)、それの活用法としてタブを作ったのだった。タブとか旅とかは、方便である。
実のところ、最初に書いた8割5分云々は、嘘。そんな本はありません。
でも旅にメジャーを持っていく習慣そのものは(僕の場合は)本当で、あればそれなりに便利。刃物じゃないから、空港で没収されたりもしない。
どうにもレザークラフトで作るものが、酔狂方向に片寄る今日この頃。そろそろ正統派の工作をしたいところ。例えば財布、あるいは鞄。ちいさな酔狂をかたちにする楽しさも捨てがたいのだけれど。