もう思い出せない

最近は平日が忙しく、書籍の多くを電子版で購入している。
特に小説、文庫本で出ているようなものはほとんど電子書籍のほうを選ぶ。

仕事で沢山の本が必要なのだが、それらは基本的にネット通販で買う。仕事の本は基本的に「この本を読むように」あるいは「この本は役に立つから、経費で買いましょう」と上司が奨めるのだ。小さな会社だが、役員の全員が本好き。そういう、著者や題名がわかっている本はWebで検索してぱぱっと買うに限る。みんなで回し読みするので電子版は適さない。精算手続きも楽だし。

 

Kindle Paperwhite、電子書籍リーダー、Wi-Fi 、ブラック

Kindle Paperwhite、電子書籍リーダー、Wi-Fi 、ブラック

 

 

ほんの数年前までは、本は紙で買うのが当たり前だった。
かなり忙しい時でも、それこそ身体が疲れている時でも、仕事の帰りには頻繁に書店へ寄っていた。ひとつの息抜きとして、書店で過ごす時間が大切だった。

今はその、仕事帰りの寄り道がほとんど無い。
どの書店よりも家のほうが近いし、最初に書いたように電子書籍が手っ取り早い。残業そのものは昔より減ってはいるけれど、家を通り過ぎて寄り道する意欲があまり湧かない。それならば散歩をする。

 

 

 

身体を使う仕事(といっても化学の実験や機械操作の類だが)をしていた時のほうが、仕事帰りの寄り道は頻繁にしていた。気が張り詰めていたのだろう。
会議やメール返信や顧客対応だってもちろん気苦労の塊だ。肩だって凝るし、ため息も出る。夕方にはもう“電池切れ”みたいな状態になる。
でも、失敗しても怪我をする訳ではない。機器の破損や周囲のスタッフへの取り返しのつかない迷惑になる訳でもない。
転職して、総務と企画と経理の仕事に就いてからは苦労の連続だ。しかし、今までずっと、容赦の無い物理現象に直接対峙してきた身としては、心の何処かで「相手は人間、なんとでもなる」と思っている。ホワイトカラーの仕事を軽く見ているのではなくて、苦労の質が違うのだ。

 

 

というわけで、昔の切実さを持って“息抜きの時間”を求めずともなんとか暮らしている。
そう、昔はきっと切実だったのだ。当時はそんな風には思っていなかったとしても。
今も当然、週末に書店に立ち寄ればそれなりの時間を過ごしてしまう。電子書籍端末を活用しつつも、逆に今までは棚に戻していた「紙でこそ手にしたい本」を積極的に買う傾向にあるから、実際に本屋で使う額はそれほど変わっていない。
昔と変わらず、本屋は好きだ。
しかし考えてみると、あの頃の気分を正確には思い出せない。
あの時にどんな事を考えて、仕事帰りにぼうっと書店を巡っていたのか、推測はできるが、まるで覚えていないのだ。
不思議なものだ。とても楽しかったのは間違い無いのだけれど。

 

「メタルカラー」の時代

「メタルカラー」の時代