映画「ひるね姫」

今日はまるでぱっとしない1日だった。
無理に外出することは無い、家で趣味工作家事その他を進めよう、とのんびりしていたら、いつの間にか夕方に。こりゃあ休日が勿体ないと外に出たものの、そして喫茶店でコーヒーなど飲んでみたものの、その店が本当に酷くて、全体に反省モードである。
しかし僕は思うのだ。昭和っぽい喫茶店は、「昭和レトロなお店です」と貼り紙等で店側が主張しては“台無し”である。「懐かしのプリン」とか、そういうのはチェーン店の企画課の仕事だと思うのだ。



それはそうと、一昨日に観た「ひるね姫」の感想を。
映画館を出た時の周囲の雰囲気や、その後のネットのレビューからは、「思っていたのとは違う」とか「なんだかよくわからなかった」という感想が多い様子。
たぶん予告編や、冒頭のシーンから、ミスリードというか誤解をして、つまり「これは、こういう映画なのだろう」と思いこんだ事で、終盤に至ってそうではない類の作品だった事を上手く消化できていないのだと推測する。

冒頭の「夢」のお話からは、なんだか「心を蔑ろにした、機械と科学に支配された悪い世界」と、それに対抗する天真爛漫で自由闊達な「魔法のお姫様」のストーリーが想像できる。よくある陳腐な話だ。僕はこのまま「フクシマ」とか「放射能」を象徴する何かが出てきたら嫌だなあ、なんて思ったものだ。

でもこの映画は違う。
魔法というのはソフトウェア技術であり、「王国」のハード屋との対立や協調が、物語の大きな柱になっている。
主人公の女の子(とてもよく動く、元気で魅力的なキャラクターだった)が寝るたびに訪れる、現実世界とリンクしているような「王国」のストーリーもまた、ファンタジックな要素が実はほとんど無い。
これが「おおかみこどもの雨と雪」の監督だったら、きっと後半は現実が侵食されて、少女の想いが奇跡を起こすだろう。
そうではなくて、どこまでも技術と行動で、現実に生きる人間が現実的に問題解決に当たる、要はエンジニアがエンジニアリングを頑張るという、「プロジェクトX」みたいなお話と、企業内紛争に伴う軽犯罪と、少女が御都合主義的に掘り下げる父母の過去、それが1本のストーリーとなっている。

奇跡・ミラクルの類は、僕が認識できたのは1つだけ、でももちろんここには書かない。
きちんと感動するし、瀬戸内海の風景はとても美しい。メカニック描写も格好良いし、「夢」パートの楽しさも特筆できる。
でも、どこか理知的なのだ。エモーショナルかつロジカル。
なるほど「Stand Alone Complex」の監督だ。

 

そういえば、ひとつ面白かったのが、この映画では「反省して心を入れ替える」人がいない。僕が覚えている限り、だれひとりとして安易な変化をしない。
各人がその少しずつ代わり、でも今までの生き方も否定しない。映画の明るい雰囲気には合っていた、と思うが、同行者はそれほど気にしていない様だった。

夢から始まり日常と現実を描き、未来へ到達する。今の時期だからこそ楽しめる、自動化モビリティと人間のお話。
この作品に限っては、不思議は本題ではなかったのだ。そこは歪というか、この種の「爽やかな劇場アニメ映画」の定石から外れている。なんで外れたのかは、よくわからないけれど。

 

ひるね姫~知らないワタシの物語~ (1) (角川コミックス・エース)

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神山健治Walker ウォーカームック

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