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かんぱんとにんじんサラダ

家事 料理 パン

ちょっと残業。
家に連絡して、夕食が不要だと伝えてあった。それにしては早く仕事を切り上げてしまったため(妙に疲れた)、どこかで何かを食べる必要が生じた。

でもなんとなく、帰り道の範囲で、入りたいお店が無い。
さらに、ちょっと高い本を買ってしまったため、緊縮財政ムードでもある。そのまま、ずるずると家に到着。

 

時間も遅いし、手軽に済ませることにする。
そういえば賞味期限が切れた直後の「かんぱん」があったのだった。
これを食べてしまう。

野菜室にはにんじんが余っていた。
1本をサラダにする。細く切って、酢と乾燥バジルとクミンシードと塩で和える。

この2種類だけの夕食は、なんだか異国の食事みたいだ。思いつきで、サラダの隠し味にカレー粉を少しだけ、カレー味にはならない程度に入れたことも、その不思議な雰囲気を高めている気がする。

仕方がないから、ヨーグルトも食べた。
はちみつを少し、乾燥プルーンとピーナッツも入れる。
さらに異国感が増した。

かんぱんは、ごく僅かだけ、オーブントースターで加熱した。軽く炙る程度で、あとは余熱。ものすごく良い香りがして、実際にさくっとした軽い噛み応えと味になる。ただし、とても熱い。口の中を火傷しそうになった。
かんぱん、バターでも染みこませながら焼いたら、たぶん美味しいのではないか。今度試してみる。

 

カニヤ 本格派 カンパン 5枚×3袋

今日食べたのは、このかんぱん。

カニヤ 本格派 カンパン 5枚×3袋

カニヤ 本格派 カンパン 5枚×3袋

 

 

くろがね堅パン 5枚入

僕は「くろがね堅パン」が好きだ。地元ではあまり売っていない。
サンリツの小さなものをよく見かける。あれも良いものだが、やはりかんぱんはカードサイズくらいのものが、可愛いと思う。理由は説明できないが、そういうものなのだ。

くろがね堅パン 10枚入

くろがね堅パン 10枚入

 

 

 

オリジナルデザインという仲間意識

昨日、こんなニュースを知った。


小田原市の職員、生活保護担当の人達が、生活保護(の不正受給)を“なめるな”とデザインしたオリジナル・ジャンパーを着て仕事をしていた、という話。なんと10年も続いていたという。

市政の、福祉に関わる人間に許される態度ではない、と思う。しかし僕は、それ以外に、これは実に現代日本的な事件だと思ったので、とりあえずここに書いておこうと思う。

 

これはつまり、「みんなの正義とやる気」が「仕事の論理と倫理」よりも大切にされる風潮が、原因なのだと思う。
TVでは「結束を強めるために有志が作った」と言っていたが、要は仲間内で盛り上がっただけだ。部活や文化祭のオリジナルTシャツ、大学サークルのウインドブレーカーと変わらない。
10年間続いたのならば、新人だって買わされたと思う。事実上のユニフォームである。
本当に必要ならば、仕事の道具として「予算」で買えば良いのだ。というか、手弁当で許されるものではない。殉職した仲間の為に一定期間喪章をつける警察官とは、訳が違う。

この「みんなが決めた・盛り上がっている・ウチらの正義とやる気」というのは本当に厄介で、とても根が深い。自分達の正当性を検証する必要が無いのだから、ただ鈍感になればいい。田舎のヤンキー意識、と言い換えてもかまわないと思うが、つまりは「ここでは常識なので」の一言で反論を封じる(ことができる)と思い込むことができるし、それほど人の出入りが無ければ、それできちんと循環してしまうのだ。
常識が正しさを担保してしまう世界の怖さ。常識とは、多くの人が採用している、というだけなのに。

 

僕もたまに、こういうデザインの仕事を頼まれる。
内容を聞いて断ることも珍しくない。そういう依頼には共通の要素があるので、以下にいくつか書き出してみる。

  1. 流行りものをパクる。
  2. とりあえず英文を入れたいが、内容は考えていない、あるいは稚拙。
  3. 仲間内では「めっちゃ受ける」が、外からの目ではそれほどでもない、あるいは酷い。
  4. 初稿で満足。修正不要。
  5. メンバー全員が喜んで購入することを前提としている。

この小田原市の職員ジャンパーは、1.2.3が当てはまる。1に関しては、リバプールFCが気の毒である。2の「英文好き」は、これはもう日本人の宿痾といってかまわないだろう。英文が書いてあれば格好が付く、と考える人の英語力に関しては、またいつか書きたいと思う。ちなみに我が家のトイレには「Endless Nature」と書かれたスリッパがある。

小田原市は関係無いが、この種の依頼をする人は、まず間違い無く「タダだから」という理由で、素人に頼む。
いや趣味で絵を描いているけれど、だからこそやりたくない事はしたくない訳で…と説明すると、ものすごく心外そうな顔をする。だからこそ受けない、なおさら強く、断固として断りたくなってしまう、のだけれど。

しかしみんな、「est.20xx」が大好きだ。バンドTシャツからお店のユニフォームまで、どうして大した歴史も無いのに、創業年を英語で書こうとするのか。日本語で書いたら滑稽だと思うが、どうなのだろう。

 

素人デザインの観点はともかく、仕事と個人という関係から考えると、この職員達の発想は実に危うい。
自ら進んでブラック企業を目指しているのと同じことだと僕は考えるのだが、どうだろう。または、会社の飲み会を実質的に強制する職場と同じと言っても良いかもしれない。
一言で表すと「部活の感覚」なのだ。
部活動のように仕事に携わるのは個人の勝手だが(わりと多い。そうでない人を攻撃する傾向にある)、それは真摯さとは程遠いし、公務員だとしたら大変に迷惑である。ずいぶん無責任な“やる気”だと思う。

 

ここまで書いて、ふと思った。「小田原市の職員達は、このジャンパーの意味するところをきちんと考えたうえで、昏い愉しみとして、悪意の発露として、仕事の際に着用していた」可能性について。そうなるとまた別の酷い話になるのだが、まあそんな事は無いだろうと考えている。
ただ世界が狭いだけなのだ。仕事に対して不誠実だっただけなのだ。たぶん。

 

 

みんなの道徳解体新書 (ちくまプリマー新書)

みんなの道徳解体新書 (ちくまプリマー新書)

 

 

 

 

 

 

麻婆餅と昔の思い出について

家事 生活 料理

餅が余っている。
便利な食材であり、僕は1年を通して食べたいのだけれど、家族は餅といえば正月のものだと思っているらしい。少なくとも、雑煮は食べたくない様子。せいぜい、油揚げを開いて餅を入れて、鍋の具にする程度。


独り暮らしをしていた時に、お雑煮は日常的に作ったものだが。
麺のように1品で主食になり、かつバリエーション展開が楽という、素晴らしい料理だと思っている。
個包装で長期保存が効く今の時代、米から餅への転換だって選択肢としてはあり得るだろう。学生時代に計算したところ、安売りの「サトウの切り餅」っぽいものならば、パスタと米の中間くらいのコストだった気がする。

 

さてその餅を、今日は「麻婆餅」にした。
これはあの懐かしい90年代後半に、さらに懐かしい「オレンジページ別冊:15分でできるフライパンレシピ」に掲載されていたメニュー。餅は少ししか使わないが、とにかく簡単なのが魅力。

餅は1個か2個を賽の目に切る。小さめが良いので、切り餅の厚みを基準にすれば良いと思う。とにかく切ればいい。

ネギはみじん切り。これは多め。斜めそぎ切りでも可。
生姜なども刻んでおく。
栄養を気にするのならばキノコを入れる。今日はえのき茸を使用。干し椎茸を使うと美味しい。

餅は、多めの油で揚げ焼きにする。
油を吸う食材ではないから、量はほどほど。表面ががりっとして、全体が柔らかくなったら出来上がり。焼き餅のように膨れる必要はないし、膨れるとべたっとなってしまって、この料理には適さない。
膨れ始めたかな、という辺りで皿にでも移せば、あとは余熱でなんとかなる。くっつかないようにだけ気をつける。

フライパンに残った油で生姜を炒め、そのまま豆腐抜きの麻婆豆腐を作ってしまう。挽肉があると素晴らしい。「麻婆豆腐の素」でもいいし、豆板醤などを駆使してももちろん良い。濃いめの味付け、できれば花椒を強く感じるほうが、この料理には合う。ネギは最初に“香味野菜”として炒め、後半に“具材”として分けて入れる習慣になっているが、効果の程はわかりません。

この豆腐抜き麻婆豆腐に、先ほどの餅を放り込み、混ぜて完成。
実はフライパンが2つあると、とても楽。洗い物も大したことはないだろう。
青梗菜を茹でて添えると、それっぽい感じがする。

さすがにこれだけで主食兼おかずにはならない。
だから炭水化物のおかずで、白いごはんを食べることになる。
餅と豆腐を同時使用、というのは試したことがない。

この揚げ焼きにした餅は、具沢山の味噌汁に入れても美味しい。
ひとりで簡単に済ませたい朝食兼昼食、なんて時には豚汁に入れる。とりあえず食べ応えだけは増やせる。

学生時代のアルバイト先、ホテルの厨房でこのこの小さく揚げ焼きにした餅がけんちん汁に入っていたことがある。老舗ホテルのまかないは気が利いているな、と感心した思い出がある(胡椒をがりがり摺って入れた)。
和食の厨房は仕事場ではなかったのだけれど(僕はバー・喫茶の担当)、不思議と気に入られていて、フランス料理や和食の偉い人が、よく食べ物を恵んでくれたのだ。今思うと、あのアルバイトはとても良い経験だった。長期休みの住み込みということで、お金も貯まった。

 

ただ夕食を作って食べただけなのに、うっかり昔のことを思い出してしまった。いつかあのホテルは泊まりに行かなければ、と思っている。今だって頑張れば行けるはずだが、ただそういう高級ホテルの旅は、今現在は興味が無いのだ。日帰り圏でもあるし。

 

 

 

地図の更新だけ

車(ATENZA)のサポートサイトをなんとなく見てみたら、カーナビの地図をアップデートできるようになっていた。いつもMAZDAのお店に行った時に不具合や機能拡張のアップデートは受けているが、地図データは自分でやれ、ということらしい。そういえばそんな話を、買った時に聞いた気がする。

MAZDAでやってくれても良いような気もするけれど、まずアップデートファイルをダウンロードして、それ用のアプリケーションで専用のSDカードにデータを書き込み、検証する、という作業で1時間近くかかるわけだから、お店に任せるよりも、ユーザーが暇な時にやるほうが便利なのだろう。しかしこの作業、お年寄りには難しいのではないか。
おそらくSDカードには地図データとユーザー認証の仕組みが書き込まれているのだと思う。だから適当なSDカードに交換、という訳にはいかず、このカード自体が安いカーナビと同じ価格と価値を持つ。大がかりなシステムが不要な時代なわけだが、ことアップデートとなると不便だ。

さてそんな時間がかかる作業が、なんとWindowsでしか対応していないと言う。僕は家族のパソコンを借りた。Macを使うMAZDAの客はそんなに珍しいのだろうか。

久しぶりに使ったWindows10(職場ではWindows7が基本。VistaとかXpに遭遇することもある)は、いかにも最近のOSらしく、操作に戸惑うことは無い。
ただしデザインは苦手だ。マテリアルデザインの出来損ないというか、ただぺちゃんこでカクカクして要素を見分け辛いかたちが連なっている。色合いも、スタバの壁紙みたいな妙な青と紫とえんじ色が混在していて、まるで大昔のMicrosoftOfficeみたい。
悪くはないが、もうちょっとなんとか出来ないだろうか、と思ってしまう。これがMicrosoftのポリシーなのだとしたら、残念至極である。

さてそろそろ、件のSDカードへの書き込みが完了した頃だ。
Windowsエクスプローラーのそれはずいぶん改善されたけれど、個別のアプリケーションにおける「プログレスバー」の不正確さは、ちょっと懐かしささえ感じられる。「眺めている間は進捗バーが進行しない」のは、どのような機構で実現しているのだろうか。横目で見つつ、牛乳でも温めはじめると、「次の操作に移りますか Yes No」みたいなウインドウが開いて作業が止まるのは困ったものである。

 

 

かざはなとガトーショコラ

ケーキ

近隣県では雪だというのに、我が愛すべき郷土は快晴。ただ寒いだけ。つまらない。
しかしバイパスや国道には他県のトラックに付着していたと推測される雪の塊が落ちていて、ちょっとした減速を強いられることが何度かあった。
この雪塊は、子供達にとっては遊び道具となる。なにしろ雪が珍しい土地だから、真っ黒な汚い塊であっても、皆で奪い合うのだ。
近所の公園では、手押し車2杯分くらいの雪が積まれていて、小さな子供達が群がっていた。町内の運送屋さんか誰かが気を利かせたのだろう。

僕の住む土地においては、雪は基本的に、遠景にて確認する。遠く北の山々、それからもちろん富士山の雪がそれだ。自分の頭上に降る、ということは本当に珍しい。僕も友人も、中学時代の積雪(夜に3cmは積もった)を今も記憶しているし、雪といえばその話になる。

雪は降らないが、“風花”は舞う。
この言葉は、雪国の知人友人には通じなかった。なにやら雅な言葉使いだと褒められた記憶がある。どうなのだろう、全国区の言葉ではないのだろうか。
遠くの土地で降った雪が舞い上がり、飛んでくる。すぐに溶けるし、量だって少ない。なるほど雪が日常の土地では名付けることもない現象かもしれない。地形や風向きによっては遭遇しづらいかもしれない。

 

さて今日のおやつはガトーショコラ。MARIATHANKに行って、食べた。まだ空いている時間帯の店内は、とても静か。バニラアイスの添えられた暖かいガトーショコラを食べるという贅沢。
外は寒いが、僕は快適。素晴らしい。
ちなみに写真は撮り忘れた。

 

今夜は月が明るい。
なんとなく風邪気味だが、とにかく明日から仕事。しばらくがんばる。たまに怠けよう。

 

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

春期限定いちごタルト事件 (創元推理文庫)

 

 

静岡市美術館「スタジオジブリレイアウト展」

Cafe Art コーヒー 料理 漫画 静岡

寒い。静岡県中部なのに、日没直後の外気温が8℃しかなかった。車の温度計の値だから、実際はもっと低いのではないか。夜になったら、さらに冷えるだろう。
これくらい寒いと、外に置いてある多肉植物のいくつかは駄目になってしまうだろう。緊急避難として玄関に移すか、自然の摂理に任せるか、思案している。

さて今日は、昼食を「つきさむ」で食べた。
「1月のごはん」は以下の通り。

https://www.instagram.com/p/BPOw_2khS4W/

  • 鮭のレモンソース和え
  • おからと豆のサラダ
  • なすの揚げ浸し
  • 青菜のゆず味噌かけ
  • ご飯と味噌汁とサラダ
  • ロールケーキとコーヒー

相変わらず美味しい。外食というより、料理の上手な家に招かれた時の“気の利いた味”を思わせる。料理上手の友人知人と違うのが、ほぼ全ての料理がその“気の利いた”水準以上なところ。本当に、ちょっとした何かが違うだけなのだと思うのだが、それがわかる時もあれば、さっぱりわからなくて楽しい時もある。良い店だ。

https://www.instagram.com/p/BPOx-CXBroe/

 

 

 

午後に静岡市美術館へ行く。
スタジオジブリレイアウト展」を鑑賞。

アニメ制作における「レイアウト」とは何か、程度の知識はあった。鉛筆書きされたラフな絵と、塗ったというより印をつけただけのような色鉛筆、そして手書きの指示文。角に押された確認印。アニメ好きならば、何かの折りに見ているのではないか。それこそ「コンテ」や動画よりも目にする機会は多いと思う。
しかしそのレイアウト用紙を、ここまでの物量で見せる展示も珍しい。「原画」や「背景画」ならわかるし、美術展も過去にあった。レイアウトを、しかもジブリのほとんど全ての作品や、ジブリ以前の宮崎駿作品のそれを並べる展覧会は、珍しいと思う。

入場時のパンフレットに「真面目に見ると2時間」と書いてあった。僕は結局、2時間と40分かかった。「ホーホケキョ となりの山田くん」等はささっと通過したにもかかわらず、である。
それくらいの見応えがあった。

「スタジオジブリ・レイアウト展」|静岡市美術館

 


入場直後の展示が混雑していて、入り口で行列ができていた。その列のところで話すようになった(たぶん人畜無害に見えたのだろう)大阪のアニメーション専門学校生であるという女子2名が言うには、ジブリのレイアウトはことさら丁寧に書き込んであるとのこと。この2人には展示ルートのあちこちで再開し、興味深い話を聞くことができた。研修や宿題やアルバイトで既にアニメ制作スタジオに出入りしているらしいが、“指示書”としての役割を考えると、過剰なくらいの完成度だと言う。
よく知らずに観ている人達が、「なるほどこれに色を塗ってアニメになるのかー」と勘違いするのもわかる気がする。確かに指示書、意思疎通ツールのレベルを超えた絵がほとんどだった。

混雑していたし、もう少し静かな環境で観たかった気もするけれど、なにしろその量と質には圧倒されたので、これはとても良い企画展。
妙な工夫をせずに、基本的には作品毎にレイアウト画を展示し、ところどころで実際のアニメーションと照らして意味するところを示す。
千と千尋の神隠し」エリアは天井までレイアウトが敷き詰められていたり、ちょっとした演出があちこちにあったけれども、基本的には画を眺めていく。セル画を1枚も見ないジブリの展覧会は初めてだった。

しかしスタジオジブリ、大したものだ。「こんなシーン、知らん」という展示がまるで無かった。あーここはこういう意図でー、とわかるととても楽しい。なぜか1枚しか残っていない「魔女の宅急便」とか、気になるところもあった。

 

アニメ業界というのは、「クラスでいちばんマンガが好きで、上手な奴」が目指すところだったと思う。しかしこのレイアウトを見る限りでは、かなり特殊な技能、天性の資質が問われるのではないか。
まだ「3Dモデリングで作った建物に人物を合成する」ほうが、僕達の身体感覚に合っている。「スライドさせることで視点が動くから、パースを少しずつ変えた歪んだ街並みを背景に用意し、そこに配置する(まだ描いてもいない)キャラクターの動作タイミングを数字で示す」なんてことは、ただ絵が上手いだけでは絶対に到達できない特殊技能だ。

 

そんなため息が出てしまう巡回展を堪能した後は、ミュージアムショップで買い物。甥っ子姪っ子に小さなものをいくつか、自分用に何か買おうかと悩み今日は止めておく。ミュージアムショップだけなら後でも入れるから、まずは冷静に。

 

しかし寒い。
こういう日は寝るに限る。布団は電気も灯油も使わない。睡眠こそエコロジージブリっぽい夢を見そうか気がするけれど、どうなのだろう。

 

映像研には手を出すな! 1 (ビッグコミックス)

 まるで関係無いけれど、このマンガが格別に面白かった。
それでも町は廻っている」や「ご先祖様万々歳」や、それから「究極超人あ〜る」が好きな人なら楽しめる。アニメ作り、少人数の部活もの、そういうものが好きな人にもおすすめ。

映像研には手を出すな! 1 (ビッグコミックス)

映像研には手を出すな! 1 (ビッグコミックス)

 

 

 

 

 

唐辛子汁、胡椒汁。

家事 生活 三重 料理

かなり風邪に近い何かを患っている。
病院に行く程ではない。薬だって飲む必要は無さそうだ。でも、放置すると風邪になるし、今だって咳と喉の腫れを感じ続けている。

 

というわけで、唐辛子の澄まし汁を作った。
これは何かの本で読んだ、確か岐阜県の郷土料理。法事の類で出されるのだったか。名前は忘れた。僕の中では「胡椒汁」と呼んでいる。

作り方は簡単。鰹出汁をとる際に唐辛子の輪切りを加え、辛みを煮出す。唐辛子を取り出し、醤油で味付けしたら、賽の目に切った豆腐を入れ、温めて完成。
あえて具沢山にしないあたりが、こういう料理の良さだと思う。
じんわり辛くて、季節を問わず美味しい。しかし美味しいから食べるものというより、気が向いてたまに作るのが良い、と僕は思っている。
生姜たっぷり、とか、ネギとか酒粕とか、そういう薬効じみたものは期待できないけれど、“きちんとした汁物”もまた、身体の不安には効果がある、そんな気がする。例えるならば、体調が悪くても、部屋が片付いているだけで安心できるような、精神的効能。

ちなみに今日はお土産の駅弁があったので、こういう一品だけでも様になるわけで、手抜きの夕食だったことは否めない。

 

和食で汁で辛い、といえば三重県北勢地方の「胡椒汁」が記憶に残っている。これはやはり不祝儀の場でいただいた。
根菜と青菜を控えめに使った普通の澄まし汁なのだが、胡椒がたっぷり入っている。お椀の底に沈んでいるのが見えるくらいの量。山椒にしては辛いし風味が違うし、どこかしら醤油ラーメンの趣きがあるなあ、と思っていたら、胡椒だった。薄い醤油味であっても、胡椒が入るとラーメンを感じてしまうのはなぜだろう(うどん等で試すと面白いです)。

最近では珍しい、一族と周囲の家々が総出で準備をするお葬式だった。亡くなった人の思い出もあって、この胡椒汁はあえて作る気がしない。
でも澄まし汁を作った時に、なんとなく胡椒を振りたくなる時があるから困る。美味いか不味いかといったら、とても美味しかったので。

胡椒は味噌汁にも美味しい。赤だし味噌とトマトの味噌汁に胡椒を振ったものを奈良の山奥で食べた。完全に和食、静かな味でした。

 

三重のスロー食堂〈2〉 (PASTONAGI)

三重のスロー食堂〈2〉 (PASTONAGI)

 
三重のスロー食堂―NAGIがセレクトした食事どころ82店 (PASTO NAGI)