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冷蔵ピザを食べる

料理

家族が入院していて、仕事帰りに見舞いに行く。帰宅がすっかり遅くなってしまった。
買物に寄ったスーパーマーケットで、冷凍のピザを買ってみた。

たぶん5年ぶりくらいではないか。冷蔵のピザは、自分の日常には無い品のひとつ。300円くらいで、こんなに大きな、1人では食べきれないピザが買えてしまうなんて驚きである。

冷蔵ピザコーナーの隣はチーズ売り場で、売れ残りのゴーダチーズが半額だったため、これも買う。この店、売れ残りのチーズは「とろけるチーズ」風の細切りに切り刻んで売る。なぜだろう、と思っていたが、こうして買ってみると便利なものだ。このチーズはピザに追加する。

帰宅して、オーブンを温めている間に着替えその他の作業を済ませ、6分と少し焼いて、その合間にサラダを作って、ヨーグルトを用意して、とてきぱきと夕食の準備を進める。
なにしろ主食とおかず(?)が一緒になっているから、これほど楽な食事も無い。

とはいえ、良いことばかりではなくて、例えば大きいから1枚は食べきれない。トマトソースはあまり感じられなかった。

でもとにかくお腹は膨れた。
明日は早い。寝ます。おやすみなさい。

 

スーパーマーケットマニア ヨーロッパ編

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ポストオフィスマニア

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損得と善悪

仕事 健康 生活 言葉

同僚じゃないけれどよく話す間柄の知人が、パワハラやセクハラめいたことを受けて困っている。僕の意見としては、何らかのアクションを起こすべき局面。でなければ早晩、心身を病むだろう。


が、もどかしいことに、この知人は「自分が我慢する」と言ってきかない。給料も少ないし、貯金も無い。事が大きくなって異動や休職、悪くすれば退職させられるかもしれない。そうでなくとも、会社でそんな騒ぎを起こせば損をするに決まっている、と言う。

まあ、そういう事になるかもしれない。理不尽極まりないが、そういう理不尽が起こりそうな部署だからこそのパワハラやセクハラという感じがする。

でもやっぱり、ここは「コンプライアンス・ホットライン」等に、慎重に働きかけたほうが、長い目で見て正解ではないのか、と考えてしまう。僕の問題ではないにも関わらず、もやもやと嫌なものが腹の奥に溜まる感じ。知恵を巡らして、匿名性を保って、穏便に済ませたいことも含めて伝え、問題解決に力を注ぐことは、本人と会社双方の為になる行為だと思うのだ。

でも、こういう綺麗事は、なかなか通じない。
つまり、貧乏が悪いのだ。
お金が足りないと、善悪で判断すべき問題も、損得で決めなければいけないと考えるようになる。実際には我慢が来年も再来年も自身を損なうのだとしても、来月の給料や、今期の賞与を考えてしまう。
おそらく貧困の問題点は、経済そのものよりも、この社会性の低下だと思う。

僕はかつて精神を病み、結果として仕事を辞めた。
多くの不可抗力があって、もちろん後悔もある。我慢もした。でも、上手く周囲を騙して、自分を誤魔化して、なんとか理不尽に順応することだって、できたと思うこともある。でも、そんなことをしたら、それこそ金銭では取り返しのつかない酷いことになっていたかもしれない。
それでなくとも、心身を壊し通院するというのは、本当に辛いし、不経済だ。まさに"人生を損なう"といった感じがするから、それよりは行動したほうがいい。
良くある話として、「コンプライアンス相談」に電話してみたら、実は自身の思い違いというか、認識違いだったとわかることもある。独り善がりの正義かどうか確かめるためにも、まずは誰かに相談すべきだ。

悩む人達にはできるだけ戦って欲しい。可能ならばそのための貯金と、頼りになる知り合い、そして常に何が正しいのか考える心を平和な時期に養っておけば、きっと力になる。

 

 

損得勘定から生まれた自己犠牲なんて、自身を甘えさせる以外の役には立たない。
大丈夫、歳をとるとわかるのだが、案外多くの人が、(理不尽に我慢できなくて)転職して、貧しいながらもなんとか生きている。逆に、生活レベルを落としたくなくて我慢を続けて、「ああ良かった」なんて言っている人には会ったことがない。
貧乏は悪い。が、善悪は貧乏とは関係無いし、善悪を忘れたら人生が貧しくなってしまう。

 

毎日のことだから。7分目くらいがちょうどいい

毎日のことだから。7分目くらいがちょうどいい

 

 

丸くてかわいい、甘いもの:おいり(香川県)

デザイン 和菓子 瀬戸内国際芸術祭 贈り物

https://www.instagram.com/p/BJZJrMzBVIe/

一昨日からいろんな人に祝ってもらって(サプライズが好きな人が多い)、インターネット経由でも言葉をいただくなど、有難い限りだが、今日が本当の誕生日。こんなものは暦の問題以外の何物でも無いのだろうけれど、でも良いものである。その意味では、正月に似ている。

さて、そのお祝いに、遠方の知人からプレゼントが届いた。
春に行った瀬戸内国際芸術祭で買いそびれた瀬戸内の郷土菓子、「おいり」。妹さんが結婚したとのこと。おすそわけ、と書かれていたが、とてもとても嬉しい。

小さな丸い米菓。イクラよりは大きく、だいたいパチンコ玉くらいか。軽くて割れやすい。炒って作るタイプの、焦げ色のつかないアラレで、薄くカラフルな色づけがしてある。糊化した澱粉を乾燥させたものが、口の中でさっと溶ける感じは、オブラートを思わせる。
薄い甘さが、なんとも上品。雛あられを、ぐんとファンタジー寄りにした食べ物かもしれない。

こういう可愛らしい食べ物は好きです。
ばりばり食すものではない。とりあえず蓋付きのガラス瓶に移してみた。愛でたり食べたり、本当に良い品だ。

 

 

秋にも瀬戸内国際芸術祭に行くつもりで、今週末くらいから予定を立てる。今回は四国側を拠点にして、2泊程度の旅にしたい。女木島や男木島に行く予定。ああでも、小豆島や直島にももう一度行きたいし、そうなると3泊しても良さそうだと、悩ましくも楽しい想像が止まらない。

でも今日は寝ます。

 

瀬戸内国際芸術祭2016公式ガイドブック

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パンばかり食べていた

パン 三重 外食

昨日はわりと帰宅が遅くなってしまった。そんなにのんびりした訳でもないのに、夕食なんて「コーヒーゼリーリリアン」だったのに。

https://www.instagram.com/p/BJU6AWkhiND/

 

 

ともかくそんなわけで、今日は「休日に済ませておきたいこと」が山積みだった。朝からあちこちに出かけてきた。

https://www.instagram.com/p/BJWdf7Th-Ra/

かなり諦めた、あるいは先延ばしにした懸案も多いが、そろそろ店じまいに入る。日曜日の夜更かしは身体と明日からの生活に悪い影響がある。

今日はパンばかり食べていた。
三重県ではパンばかり買っていたので。
友人のお店がパンやさん(2店)、お茶を飲んだカフェでもお店で焼いた美味しいパンがあるから帰りがけに購入、とパンには不自由しない生活に突入している。

CAFE SNUG

tabelog.com

 


ところがこのパン、やはり早めに食べなければならない。タイプによって分けて、今日食べるものは朝と夕に、明日の朝食用と、そして冷凍保存用と、扱いを別にする。
冷凍用は、さきほどカットして、冷凍室に放り込んだ。こういう細々とした作業は大好き。

 

 

そういえば、昼の外食もまた、サンドイッチだった。消極的な選択で、「SUBWAY」に行ったのだった。

 

でも僕は、3食パンでも全然かまわない。
1週間パンでも気にしないだろう。八宝菜とパン、のような組み合わせだと無理だが、パンに合うメニューならば大丈夫。
海外旅行中に「炊いた白米が食べたい。梅干しと味噌汁が…」と思ったこともない。東急ハンズの旅行用品コーナーには(今日、行ってきたのだ)そういうレトルト食品などが売られていて、とても遠い世界に思える。

基本的に旅先では、その土地でしか食べられないものを選ぶ。つまり貧乏性なのだ。
そういう意味では、北海道は贅沢で安楽だった。太りそうな気はするが、わかりやすい美味ばかり。
沖縄は独特かつ食べやすいものが多くて最高。
ベトナムバインミーなどの「屋台で買える軽食」が充実していて良かった。
でも長い海外旅行では、イタリアンの軽いランチなどが後半に1回あると、なんだか妙にほっとするから、やはり食べ慣れたものが良いのだろう。今のところアジアばかり旅していて、いつもイタリアンの(スパイスが少なく、生の野菜が多い)現代的なランチが胃を休めているような記憶がある。1回、食事を抜くと楽になるのだけれど、これはガイド付きの旅行では難しいし、せっかくの旅では食べ続けていたい(貧乏性)。

 

 

 

 

では、今から部屋の片付けを、それが終わったら映画を1本観て、寝ます。

三重県に日帰りで

三重

https://www.instagram.com/p/BJUKkCehBq_/

 

予定通りに、三重県菰野町四日市市に遊びに行ってきた。
今回は可能な限りこぢんまりと、友人の家で昼食をいただいたり、皆でお茶をしたり、それからひとりで自転車に乗ったりと、あまり遠くへ行かずに過ごした。
でも結局は帰りは遅くなってしまった。
というわけで、寝ます。明日も早い。今日のことは、また書くかもしれない。

楽しかったー。

桃の缶詰を食べる

料理 果物 缶詰

今日は早く寝る。
なぜならば、明日は朝早くから出かけるからだ。三重県菰野町四日市市周辺を散策するつもり。可能な限り早朝の出発が望ましい。

が、金曜日、1週間のがんばりを労うための"何か"も欲しい。
スーパーマーケットで夕食の材料を買う時に、ふと思いついて缶詰の桃を買ってみた。

半分はそのまま食べた。美味しい。
残りはサラダオイルを薄く敷いたフライパンでソテーにする。なぜか温めると美味しい、それが缶詰の桃。庭のバジルを添えたりもする。

今日は白桃を選んだ。缶詰といえば黄桃のほうが一般的か。でも白い桃の缶詰も悪くない。お店の棚には600円の桃缶も置いてあるが、僕は150円のもので満足できてしまう。600円あったら、缶詰ではない生鮮品を買うだろう。

さて、髪も乾いた。
荷造り、といっても財布とスマホと、三重県の友人知人への手みやげくらいだが、それは早朝にがんばる。今は寝ます。おやすみなさい。

 

三重のスロー食堂〈2〉 (PASTONAGI)

三重のスロー食堂〈2〉 (PASTONAGI)

 
三重のスロー食堂―NAGIがセレクトした食事どころ82店 (PASTO NAGI)
 

 

今日のオリンピックの感想。

https://to-kato.tumblr.com/post/149170425167/吉田沙保里選手が謝らなきゃいけないのだとしたら国民総活躍社会においては僕なんて確実に収容所送りである

to-kato.tumblr.com

いや性格とか責任感とか色々あっての謝罪じみた言葉だろうが、でも試合を終えたあとの言葉が、まずあの言葉というのは「何かが間違っている」と僕は思う。
これは彼女の責任というよりも、日常から壮行会から、有形無形の「期待」という形で「そう思わせるようにした」周囲の人達に問題があると思う。例えば「日の丸」は原理的に背負えないし、背負わせてもいけない。「日本代表」は、我々が与えた代表というよりも、オリンピックが「国別のエントリー」であるための便宜的なグループだと考えるのが近代的だと思うのだ。

 

オーストラリア人 (カルチャーショック)

オーストラリア人 (カルチャーショック)

 

 

メダルの数と速報は

仕事 生活 言葉

https://www.instagram.com/p/BJP5qJ3DDmE/

まぜそば、という麺料理(?)を食べる。味は良いが店の演出・接客が酷い、という困った状況。でも残さず食べた。満腹。 #まぜそば

 

ここ数日、テレビに速報のテロップが流れることが増えた。あのチャイム音とともに。もちろん事件や災害ではなく、オリンピックで日本人選手がメダルを獲得したことを伝えてくれる速報だ。

僕はこれに違和感を覚える。
思わず、通勤前につぶやいてしまった。

 下世話は言い過ぎだった、とは思う。
が、やはりメダルの獲得数なんてものは、今の時代には一喜一憂すべきものではない、と思う。せめて暗い愉しみとして、こっそり喜んでいればいいと思う。あるいは選手数や予算規模で割った「率」で楽しむとか。


同じ日本人といっても、僕達と選手にどれほどの共通点があるだろう。
彼らが黙々とトレーニングしている時から応援や支援をしてきた訳ではないし、身内でも友達でもない。試合を見れば、詳しくないまでも凄いとは思うが、見ないでそのメダルの話だけされても、まあ他人の話である。

ただ「勝って嬉しい」と素朴に思うなんて、それは感動のただ乗りである。昨今、素朴な発想や本音はもてはやされる傾向にあるが、もちろん「素直にそう思った」だけで正しさが担保されるわけではない。

つまり、あのメダルは個人やチームに与えられるものであって、日本国を称えるものではない、そう考えているのだ。

だからあの速報には、意味が無いと思う。急いで結果の、メダルの色の部分だけを知って、それが何になるのだろう。どんな戦いだったのか、本人はどんな顔をして何を語るのか、それを知るのがまず最初だろうに。スポーツの祭典とは何なのだろうか、と考えてしまう。

なにより、その競技を楽しむ多くの人達にとっては、順位だけ先に知らされても困るのではないか。

 

そんな風に考えて(Tumblrに書いたらTwitterに自動投稿されて)、出社してお昼休みに他の部署の人と話したら、まさしくこの「メダルの数」トークが始まったのだった。今回は多いとか、満足できる量だとか、そんな話まで。

僕は立派な社会人なので、こういう時にきちんと「上のツイート」と似たようなことを、言葉を変えて不快にさせずに伝えることができる。しかしもちろん、言葉を選べば相手が納得する、というものでもない。「みんなそうだよ」の一言で終わりである。

ここで話は途端に大きくなる。つまり差別の話だ。
差別とは何か。「みんな」を根拠に正誤を決めはじめたら、そこに差別の芽が生えると誰かが言っていた。確か星新一だったか。
それは民主主義や多数決とは違う。「みんな」の意見を集約する技術と、「みんな」を根拠に正しさを求めることは、明確に違う。
僕は差別された、とまでは言わないが、でも「みんな」ではないのだ。

 

つまりである。ここでまた唐突に話は戻るが、NHKの速報担当者は、何の為の速報なのかよく考えて決めて欲しいのだ。例えばもっと別の技術的解決、開催中に画面の隅に五輪マークが表示されたら「データ放送ボタン」を押すと速報を読むことができる、なんてどうだろう。
多くの人が日本人選手のメダルに興味があったとしても、それはそれ、これはこれ、である。