ポケットにフォーク

同僚が「パジャマの胸ポケットにフォークを入れたまま寝たところ、胸に傷を負ってしまった。つきましては、半日の休暇をとりたい」と、連絡してきた。
それが本当かどうかはわからない。なんとなく、パジャマの胸ポケットにフォークを入れたまま寝てしまいそうな人ではある。それに、嘘にしては奇妙すぎる。

そのせいで、今日は滅茶苦茶に忙しかった。
つい先ほどまで残業をする羽目になったくらい。
しかもフォークを刺した(のだと思う、他に何があるだろう?)と言っていたのに、「ちょっと都合が悪くなって」と、午後も休んでしまった。
色々と心配ではある。

 

こういう有給休暇の使い方は、正直なところ困る。
困るけれど、仕事をする人間の立場としては、つまり「仕事仲間」としては、文句を言わないことにしている。
僕の給料には「有給休暇を取った他の人のフォロー料」も含まれているはずであり、誰かが急に休むことも含めた組織とルールが作られている“はず”なのだから。

それに、この「胸にフォーク」は、ある部分では「子供が急病で…」と同じことなのだ。突発的に有給休暇を取得する、という意味では。
この種の問題で、程度の差を考え始めるときりが無い。僕が決めて良いものでもない。
だから、「まったくもう」と思いつつも、それは愚痴としての発想であり、仕事をするうえでの「正義」ではないことは、常に意識せねばならない。

善意はともかく、正義は楽だ。特に、その下支えになっているものが、自分の感情と、よく知っている周囲の常識な場合は。ほぼ自分自身を肯定すればいいだけ。

そしてその怖さは、実に様々なニュースと歴史と創作物で見ることができる。
どんなに不愉快でも、「まったくもう」と愚痴った後は、自身の責任を果たす、それが自分と他者を尊重する、少なくとも仕事をするうえでの基本。
自分のためだけの世界ではない、と言い換えてもいい。

 

さて寝る。
この会社、年度末が忙しすぎる。商取引がメインの業務ではない(企業の研究所)のに、どうしてこうまでして年度末に色々な「〆」を詰め込むのか。知恵が足りない、と思う。

 

知ろうとすること。 (新潮文庫)

知ろうとすること。 (新潮文庫)

 
新装版 ほぼ日の就職論「はたらきたい。」 (ほぼ日ブックス)