明日の牛乳とパンを買うために、夜の散歩を兼ねてスーパーマーケットまで歩いた。
幹線道路を歩けばそれほど時間はかからないが、できれば長く歩きたい。というわけで、住宅街を抜けて山沿いの道を歩き、高架の下のトンネルを通っていく。
最近はずいぶんと涼しくなって、田舎の夜道はずいぶんと静か。秋の虫の音も少なくなってきた。

そんな淋しい場所で、タヌキに遭遇した。
最初は野良犬かと思った。僕が子供の頃には野良犬が地域の問題になったこともあるのだ。
でも体型も毛の感じも違うし、犬にしては臆病。ためらいもなく水の少ない用水路に飛び込むあたり、野良犬よりも野性味を感じる。
子供の頃にはタヌキはずいぶんと珍しかった。
こういう野生動物に関しては、この10年ほどでずいぶんと頻繁に見かけるようになった…ような気がする。もちろん夜にこんな道を歩くようになったのは最近のことで、加えて山を削って道がたくさんできたからこその遭遇ではあるのだが、自然というのもずいぶんと大胆に変化するものだと思う機会は多い。
クマやサルに比べればタヌキなんて全く安全で、生活への影響も無い。
いずれ他の動物も夜の散歩で遭遇するのだろうか。人生であと1回や2回は、大きな自然科学的かつ身近な変化が起こっても驚かない。

ところでこの道は、以前から「おかしな老人」が出没することで知られている。
老人は夜中に徘徊し、様々なものを道にばら撒いていく。
数年前までは「ニワトリの足」が老人の定番だった。
「豚足」だったこともあるし、毎週のように「ワカサギ」を見かけたこともある。
近くの業務用食材店で冷凍のものを購入し、数百メートルに渡ってぽろぽろと撒いているらしい。
竹林や廃屋の多い細道に、鶏の足や小魚が散在するのは、なかなかに薄気味悪いものである。夕方にはカラスが群れていて、ホラー漫画のカラーページみたいになっている。
何度も警察のお世話になっていて、"地元の有名人"でもある老人だが、最近は海藻を撒くのがトレンドとなっているようだ。
今日は長ヒジキが街灯の下に薄く広く散らばっていた。
海藻は今までの品よりも穏当ではある。カラスも寄らないし、なにしろ見た目が地味である。
気づかない人も多いはずだ。
でも雨の後には黒っぽいものがでろりと伸びていて*1、なんとも薄気味悪いものだ。しかも肉や骨と違って、ずいぶんと長い間残る。
自分はまだ、その老人に遭遇したことがない。
正直なところ、会わずにいることにほっとしている。だって暗い夜の道で、長ひじきや鶏皮をばら撒いている人に会ったら、どうしたらいいかわからない。鶏の足ならば交番に電話をするかもしれないけれど、細切りの昆布で警察を呼ぶのも面倒だ。
でもたぶん、実際に遭ったら声くらいはかけるだろう。
それから町内の交番に電話をする。交番の警官ならば、地域の有名人である"ばら撒きおじいさん"のことは把握しているだろうから、話も早いはずだ。
しかし、ここまで微妙な怖さとおかしみがあると、ほぼ妖怪である。
「とても足が速い」という謎の付加情報も、妖怪じみているではないか。
そんな危うい道を、タヌキに遭遇し、長ひじきを避けながら歩いてスーパーマーケットまでたどり着いた。牛乳やパン、それに余計な買い物をいくつかして、帰路は広くて明るい幹線道路の歩道を歩いて帰宅。こちらは完全に人間の領域で、人間の捨てたゴミしか見つからない。
そういう木曜日だった。
今は安全安心な家の中。人間っていいな、と思いながら寝る準備をしている。
あと少ししたら寝ます。おやすみなさい。
*1:大抵の海藻は、水分で大きく膨らむ。







