壊れた千手観音

今日は大雨のため、書くべきこと無し。
自宅でパソコン仕事や経理や読書や掃除や昼寝をしていた。
倉庫を片付けて自転車の整備も済ませたし、料理の下ごしらえも行った。
なんというか、地味な日だった。

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なので昨日の清水山公園と清水寺について少し書いておく。
今は清水山公園のほうが有名だが、地元の人達にとっては隣接する清水寺のほうが主な場所らしい。駿府の街ができたときからある古いお寺で、家康公にも縁がある*1

古刹というより今も現役のお寺といった雰囲気。文化財の建物もあるし、最近作った祠もある。かの松尾芭蕉の句碑はおそろしく古いが、近くには最近建てられた有名無名の石碑も立っている。戦争で亡くなった方々の忠霊塔らしきものもある。
適当に歩いているだけで、静岡には珍しいクリスチャン(隠れキリシタン)のお墓から、地元の名士の顕彰碑まで見つけることができる。
日々、アップデートされている感じがする。

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たぶん家康公の信仰と関わりがあるのだろう。この寺には千手観音像を納める制度がある。寺の庭から裏山の斜面まで、石造りの観音像があちこちに立っている。
これらの多くは、顔が削れている、あるいは首から上が無くなっている。
理由はわからない。
何かしらの弾圧があったのかもしれない。
壊れた石像を納める習慣があるのかもしれない。
構造的に、首部分や顔部分が破損しやすいだけ、なのかもしれない。

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これが数体(数尊?)だけなら、何かしらの不気味さを感じたかもしれない。
でも、なにしろあちこちにあるから、「そういうものなんだな」と受け入れることになる。古びてはいるが花立や線香台もあるから放置されているわけでもなさそう。

こういった、細々として形のある宗教的取り組みが今も続いている神社仏閣って、静岡の街には珍しいのだった。
西日本や四国に住んだときには当たり前だった。工業地帯の神社には企業が寄贈した祠や鳥居が無節操に立ち並ぶのが普通。会社名を冠した神社さえ見かけたものだ。
宗教については淡白な県だと思う。西部や東部は知らないけれども。

 

 

 

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*1:というか静岡県中部の古い寺や神社は、たいてい家康公と縁がある。