献血の失敗について

午後、予約をして静岡の献血ルームに行ってきた。
結論から書くと、献血はできなかった。

原因は血管の細さと位置。
健康診断の採血の時にも、血管が見つからないので時間がかかってしまう。最近は手の甲などから採ることが多い。

献血の場合は、左右の腕の肘関節内側で採ることになっている。
ここで採りやすい血管が見つからないと、手詰まりになる。

果たして今日も、血管は見つからなかった。
向かい風のなかを自転車で走ってきて、身体は暖まっている。脈拍など、100回/分を越えてしまって落ち着くまで待ったほどだ(脈拍が100回/分を超えると採血できない。)。

献血ルームのスタッフといえば、採血のプロフェッショナルである。
入れ代わり立ち代わり、4名のベテラン看護師さん達が僕の腕に指を触れ、ぺしぺしと叩き、ゴム管で縛り、熱い飲み物を飲めと指示をして、あるいは直接温めて、それでも見つけることができなかったのだ。
つまり「静岡センター 採血四天王」を僕の腕は撃退したことになる。

四天王の協議により*1たぶんここだろう、という場所に検査用の針を刺したのに、血が全然出てこなかった。

最後には「全然駄目だね」「いいところがまるで無いね」と、それだけ聞くとずいぶん酷い言葉で採血室から見送られることになった。
でも、全く悪い気がしない。

1時間弱の時間と、日本赤十字社のコスト(無料のココア代や、消毒綿や針や、看護師さん達の時間)が無駄になってしまった事は残念だ。
何より、逼迫する血液需要に何の助けにもなれなかったことは、本当に悔しい。

それでも、自信に溢れた4人のプロフェッショナルが無理だというのだから、仕方がないではないか。献血ルームの皆さんは恐縮していたが、もうこれは「運が悪い」のと変わらない。
健康と身体に関して、わりと簡単に諦めてしまうのは自分の美点だと思っている。たぶん、かつての鬱病や、子供時代の小児喘息のせいだろう。こと自分の身体に関しては、無常観が染み付いてしまっている。美点と書いたわりにしみったれた感じになるのは、そういう話なので、どうしようもない。

 

ダンス・ダンス・ダンス (講談社文庫)

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そんな今日のおやつは、レーズンサンド。
馬場町のBikiniで買った限定品。カルピスバターを使っているそうだ。

1個で満足のおいしさだった。
帰宅した時には柔らかくなっていたが、それもまた良し。
採血はできなかったけれど、これが自分へのご褒美。

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www.bs.jrc.or.jp

誰かこの日記を読んだ方で、僕の代わりに献血をしてくれる人がいたら、とても嬉しく思う。今は会場も限られ、予約が必要な場合も多い。でも、本当に血液が足りないのだ。興味があったら、強くおすすめする。
血肉がそのまま善行になるなんてめったにないこと。しかも、なんとコーヒーもメロンソーダも無料で、静岡の献血ルームなら「鬼滅の刃」が最終巻まで読める。そして、血を採れなくても、飲んだコーヒーやココアの代金を請求されないうえに、感謝までされる。そういう場所は珍しいです。

 

お題「ささやかな幸せ」

 

お題「大好きなおやつ」

 

 

 

*1:「せーの」で決めよう、と4人が指差した場所が一致した。