香川県の郷土食、讃岐うどん。
かの地に暮らしていた時は、本当によく食べた。
行列ができる店もあれば、近所の老人しか来ないような店もあった。
大抵は安価でお手軽な庶民の味ではあるけれど、白木のカウンターで「うどん道」を極めたような高級店*1もある。
これは、他県の人から見たら驚くべき多様性だと思う。
僕はもう香川県に住んでいない。そして讃岐うどんは好物だ。
しかし、わざわざ静岡県で讃岐うどんを食べる気にならない。
それは割高な価格だけが理由ではない。
香川県外で出会う讃岐うどん、特に讃岐うどん専門店は、コシの強さと出汁へのこだわりばかり強調していて、のんびりした和風ファストフードの趣が失われているのだ。
もちろん、たまには「香川県で修行して静岡で開業したこだわりの店」も良いだろう。ただし、香川県のローカルフードの趣を最もよく伝えているのが、イオンのフードコートにある丸亀製麺*2というのは、皮肉なものだ。もっともその丸亀製麺ですら、季節限定メニューのような「全国チェーンの臭み」が感じられて足が遠のいてしまう。そもそもフードコートや幹線道路沿いの大型店は、どうにも慌ただしくて苦手だ。
前置きが長くなった。
今日はJR富士川駅のすぐ近くにある「高橋製麺所」に行ってきた。
ここはまさに、香川県の讃岐うどんを店ごと再現したような店だった。
天ぷらは冷めている。
うどんは、ぬるりとしていて、コシは強めではあるけれどお年寄りでも大丈夫そう。
香川県観光協会の色あせたポスター以外は、街の食堂といった雰囲気。
これこそ、正統な讃岐うどん店である。
店主のお爺さんは、注文や精算の際に世間話をする。なんというか、リラックスしているのだ。
「最高!」と思ってしまった。
ほんの少しだけ、泣きそうになるときの感覚が鼻の奥に生じた。
そういえばYou Tubeで「山手線各駅の発車メロディー」を聞いた時も、少しだけ泣きそうになったな、と思い出す。
味だって十分。なにより安い*3。
いささか醤油の味(酸味と、醤油の匂い)が強すぎたのは、西日本ではないから仕方がないのかもしれない。なにしろ、すぐそこの富士川を渡れば、家庭用電力の周波数が変わるのだから、ここはもう東日本と言っていい。
四国のように、出汁と塩に醤油で色付けするような味は、好まれないのだろう。
こんな「ほぼ香川県」の店内で、お客さん(おばさん+おばあさん集団)が、長々と食後の会話をしていたのがすごく変に感じた。
ガラパゴス諸島を旅した時に見かけた日本人大学生集団*4と似た違和感。
香川県において、食後に長話をするような人はいない。そういう場ではないのだ。
開店した時は、何かしらの志やオリジナリティを持っていたのではないか。
そう思わせる店主敬白ポエムが駐車場には掲げられていた。
しかしいつの間にか、上手い具合に「本場の店」スタイルに落ち着いていったのだ。
これは奇跡かもしれない*5。
少なくとも僕にとっては、素敵な店である。祝福したい。
良い店を見つけた。
僕の生活圏からはずいぶん遠い。うどん1杯のために行くのは躊躇われる。
でも、讃岐うどんを食べたい時には、わざわざ車を飛ばしそうな気がしている。
実家の近くには、しゃきっと角が立ったうどんと、熱くてぱちぱち音がしそうな天ぷらを出す讃岐うどん専門店もあるのだけれど。