実家のまわり

夕方に実家周辺を散歩してみた。
普段の外出は専ら自動車。自転車も車に載せたままで、基本はホビー用途。だから帰省しても実家暮らしを再開しても、家の周辺は意外と知らない。

今日は文具類の買い出しのついでに、小学生時代の行動範囲をまるごと歩いてみた。いわゆる「学区内」である。

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自宅の周りは水田を埋め立てた宅地だが、学区の大半は昭和の新興住宅街。自分たちが小学生だった時には既に”第一次入植”が完了していて、人口のピークを越えていた。

現在は、かなり衰退している。
学校の裏山が削られて新しい宅地になっていたり、もちろん古い家から新しい家への更新もしているのだが、老いた町という印象は否めない。

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なにしろ子供時代を過ごした場所だ。知り合いや友人の家も覚えている。まだ表札がそのままの家もいくつかあった。子供の頃には一軒も無かった、独身者向けアパートも増えている。

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しかし基本的には、人口が減少し、家は痛み、耕作放棄地が当たり前になった土地である。空き地には草が高く生い茂り、古い建て売り住宅の裏庭にはガラクタが積まれている。ミカンの産地ではある山も、ずいぶんと竹と蔓草に覆われてしまっていた。

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公園の遊具は大半が撤去され、代わりに防災倉庫とスマホのアンテナが設置されているあたりは、時代の流れを感じる。

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そんな散歩だったから、意外と退屈はしなかった。
最近は自転車の速度でないと「じれったい」のに、珍しいことだ。

とはいえ、こういう寂れ具合を眺めていく散歩は、どうにも落ち着かない。
瀬戸内国際芸術祭で離島を巡った時に、静かに朽ちていくような島の風景を愉しんでいた時のような後ろめたさを感じる。
それが100%悪い事とまでは思わない。ただ、あまりおおっぴらにして良い感情とも思えないのだ。そこには生活がある。

 

 

それはそれとして、運動としてはなかなかのものである。
帰宅してから足先が普段とは違う疲れ方をして、ちょっと怖かったくらいだ。ひょっとして熱中症?と疑ってしまった。

 

 今日も流星群を見るために外に出てみた。
流れ星は2つ見えた。
雲は多いし、全体に湿度でぼんやりしている。それでも見えたのは幸運だろう。
夜空を眺める時は、目をぎゅっと10秒ほど閉じるのが個人的おまじない。暗闇に慣れるには短いし、そもそも街の灯りがあるのだけれど、「星を眺めるモード」に入るためには、10秒の闇が必要なのだ。

 

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お題「ささやかな幸せ」