昨夜、部屋の片付け中にメモを見つけた。
住所と地図と店名が書いてある。すっかり忘れていたが、前の勤め先で教わった「香川のおすすめ飲食店」の一つだった。
教えてくれた人は、こう言っていた。
どちらかといえば物静かな人だったから、その強い口調に驚いた記憶があった。
郵便局や銀行など、行きたかった場所の途中でもあるので、お昼ごはんを食べに寄ってみた。
店の名前は「路地」。
なるほど裏路地にある。高松の中心街なら珍しくない風情だが、小さな会社や倉庫と宅地が入り交じるエリアでは、逆に目立つ。
せっかくなので、おすすめの「そば焼き」のなかでも店内で大きく書かれていた「もつそば焼き」を注文する。
店は狭い。4人がけの鉄板付きテーブルが2つ、3〜5人ほど並べばいっぱいのメインの鉄板とカウンターだけ。
常連らしき老人が、奥のテーブルでお好み焼きを食べていた。
僕は手前のテーブルに座る。
調理はカウンターの鉄板で行い、鉄皿に載せて提供される仕組み。
待っている間に、もう1人のお客さんが来た。
この人は僕と相席となる。鉄板付きのテーブルで相席というのも、妙な緊張感がある。
相手も緊張はしているだろうが、僕よりは慣れているようにも見える。
そのうち「もつそば焼き」が届く。
見ればわかるように、これはソース焼きそばである。
「もつ」は、鶏のハツ、心臓だった。
オーソドックスにおいしい、というべきか。
満足はした。だけど釈然としない。
漫画版の「孤独のグルメ」だと、こういう料理や店が出てくる。
相席のお客さんが注文したお好み焼きは、やはりカウンターで焼いていた。ただ、最終的にテーブルの鉄板(いつの間にか点火してあった)で最終加熱とソース類での味付けを行うところが「そば焼き」とは違う。
あまりじろじろ見るのも悪いけれど、つい見てしまう。
お皿も無いのに綺麗に食べるものだ。さすが西日本。
良い店だったけれど、わざわざ(少なくとも「そば焼き」のために)再訪はしないと思う。猛烈に、プロが作ったお好み焼きを食べたくなったら行くかもしれない。でも高松の中心街、飲み屋街で良い気もする。
おそらく、勧めてくれた人の評価は「思い出補正」がされているのだろう。
特に根拠も無いけれど、そんな気がする。高校時代に初めて行った店とか、20代の頃に通った小さなお店などは、やはり特別だから。
店を出てマスクを付けてから気がついた。
そういえばこの店には、何一つとして「新型コロナウイルス感染対策」のものが無かった。
相席になったお客さんは、マスクを付けていた気がする。店主はどうだっただろうか。
注意書きや貼り紙、特別措置の断り書き、消毒用アルコールの類も無かった。
まるで店の中だけ、この春を通り過ぎたような感じがした。でももちろん、そんな訳はないのだろう。先週までは大変だったはずだ。
こうして少しずつ、日常に戻っていく。
とはいえ、非常事態宣言の"前”に大流行がスタートしたことは、忘れてはならないと思う。油断大敵、そして健康第一である。