映画「天気の子」とパンケーキ

天気の子

マイナーな頃から追いかけていたアーティストがメジャーになった経験はあるだろうか。ロックバンドでも絵描きでも役者でも、彼らが「みんな」に知れ渡る存在となった事は嬉しいのだけれど、マイナー時代にあった「味わい」が消え失せてしまいがっかりしたことは。
「あいつはもうシンガーソングライターじゃないよ、J-Popになっちまった」とライブハウス裏のバーやファミレスやWeb上のファン・コミュニティで嘆いたことは。
「確かに良かった、完璧だった。でも自分は彼に、ああいうものを望んでいた訳じゃないんだ」と語りたくなるような気持ちがわかるだろうか。
周囲の人達は僕を見て言う。「面倒くさいサブカル野郎だ」と。
今日はそういう話を書く。

作家/作者とは何か: テクスト・教室・サブカルチャー
 

 

 

https://www.instagram.com/p/B0FId_bAhNu/

 

新海誠監督が「君の名は。」で一躍時の人となった時に、僕はかなり失望した。映画は100%楽しめた。よくできていた、と思う。
でも彼が今まで延々と描いてきたエッセンス、作家性の核、あるいは臭み、クセ、苦み、そういうものはほとんど感じられなかった。劇場サイズのアニメで「これから失われるもの、もう手が届かなくなってしまったもの」をきちんと描ける事こそ、彼の諸作品の根底に流れているエッセンスだと自分は思っていた。
君の名は。』での減少量を考えると、そのエッセンスは次作でゼロになっているだろう、と予感してしまったのだ。残っていても、隠し味かアクセントに使われる程度だろう、と。プロの料理人が、苦みやクセを後付けで効かせてみるみたいに。
そして、夏休みか隔年かで定期的に「あの『君の名は。』の新海監督が描く感動の最新作!」が公開され、どれも100%楽しめるけれど魂までは揺さぶられない、そういう未来を予感した。
簡単に言うと、失望したのだ。

 



そして今作、『天気の子』だ。
大々的なキャンペーンがWebでもテレビでも行われている時点で嫌な予感は拭えない。
監督がインタビューで「『君の名は。』では“奇跡で全て丸く収めてハッピーエンド”にした。それが批判された事は承知しているし、自分でも理解できる。なので、新作ではきちんとその安易さに向き合おうと思う」と語っていた。
なるほどもしかしたら、と期待させる言葉である。
一般受けと、(僕が勝手に求める)作家性、それらを止揚する名作になるかもしれない、と思えたのだ。

 

結果として、インタビューでの言葉は嘘ではなかった。
きちんと、「奇跡の後」について向き合っていた。
小難しい表現を使わずに、前作同様の美しくてテンポの良い映像と音楽で楽しませるのは新海誠監督ならではの技だろう。
素晴らしかった、100%楽しめた。
一言で表現すると「エモい」。

万人に薦めることができる。どこが面白かったか、ネタバレOKなら延々と書ける*1

 

でもやはり、期待を上回る名作ではなかった。
若い2人がお互いを想い世界を改変する、いわゆる「セカイ系」の系譜としては「おそろしく高品質だが凡庸」だった。

この作品を観るために、1人で再び映画館に行くことは無いだろう。誰かに誘われたらもう1回行ってもいい。数年後にリバイバル上映会があっても行かない。Amazonか何かで配信されたら観るかもしれないけれど、気分次第だろう。
個人的な「2019年度 映画館で観た作品ランキング」では上位になるが、それだけだ。


君の名は。』とも違う、もちろん過去の諸作品とも違う地平を目指しているのはわかるが、先は遠いし十分ではない。


監督が“変節”した訳ではないと思う。
どちらかといえば、「メジャーな日本映画」を作るにあたって避けられない諸々が、特にこの監督の作風と合わさると、ひどく目についてしまうのだ。
ただでさえ、口当たりのいい、万人向けの映像が作れる人だ。昨今の劇場アニメに求められるあれこれを詰め込んだら、大変な事になってしまう。それはストーリーのわかりやすさや、毒の無さもそうだろうし、劇中の音楽も、それから映画世界に登場する小道具達もそうだ。

 

例えばタイアップ商品について。
今作では、飲み物の缶やお菓子のパッケージがいつも客席側に(読めるように)見えている。これがとても気になる。リアルな書き込みは雰囲気に合っているし、商品の選択も無理は無い。でもどうして、この印象的な場面で、全てのパッケージがきちんとこちらを向いているのだ。
名探偵コナン ○○の××」の賑やかなシーンじゃないのだから。

神は細部に…というのはこういう事なのだろう。
リアリティを求めてきちんと使用許可を得て登場させる「じゃがりこ」と、カルビーからの要求に応えた「じゃがりこ」は違う*2
テレビドラマの貧乏女子が全然貧乏に見えない、みたいなちぐはぐさが生じてしまうのも仕方がない。

 

 

それからこれは本当に「なんとなく」であり「良くも悪くもない話」なのだけれど、でも一応書いておく。
今作では、過去のアニメ映画で見たようなシーンが多かった気がする。新海監督の過去作によくある映像*3だけではなくて、他の有名な作品の、もっと言うと「アニメ映画あるある」な画面があちこちにあった。
これはもしかすると、僕達が、つまり目の肥えたアニメオタクが喜ぶ場面をたっぷり盛り込んでくれたのかもしれない。オタクの琴線に触れることは新海監督の得意技である。それに不自然だと思えるシーンはひとつも無かった。ただ何かしらの意図があって「琴線シーン」が連続していたのだとしたら、これは映画を見直す意味があるかもしれない。

それから、新海監督の作品はどれも場面転換が多くて気持ちよく話が進む。さらに、主人公達とその周辺が多く描かれる。
だからどうしても映画の中に書き込めない情報も出てくる。膨大な設定と、主人公達以外の思惑や事情が、作中では省かれてしまう。
結果として「小説版」が補足資料として役に立つ。小説を読んでみたら、また少し感想も違ってくるかもしれない。小説も監督が書いている。 

小説 天気の子 (角川文庫)

小説 天気の子 (角川文庫)

 
天気の子 (角川つばさ文庫)

天気の子 (角川つばさ文庫)

 

 

 

村上春樹氏は「ノルウェイの森」がベストセラーになった後、数年の間、海外に拠点を移した。そして今でも基本的に「日本のメジャーシーン」とは離れて作品を作り続けている。自分は彼の新刊が出るたびに真っ先に読むが、一度も失望していない。テーマも作風も変わるが、僕が求める“村上春樹らしさ”が、つまりはエッセンスは今も変わらない。

新海誠監督に「海外に行け」と言いたいわけではない。
でもこのままメジャーシーンに飲み込まれて、ごく普通の「大作映画を作るアニメ監督」になってしまったらつまらないと思う。

 

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

 

 

 

つまりこれは「面倒くさいサブカル野郎」の繰り言だ。
こういう文章ならば延々と書ける。なにしろ繰り言なので。

ジブリ以外のアニメーション映画がここまでメジャー・カルチャーになった時代だ。詮なき事なのかもしれない。
でもやっぱり望んでしまう。メジャーになるのは素晴らしい、それで失われるのは「マイナーらしさ」だけであって欲しいと。
そして新海誠監督は、メジャー作品でマイナー時代のエッセンス、臭み、苦み、そういうものを中心に据えることができる人だと今も期待している。村上春樹氏や庵野秀明監督がそうであるように。あるいは押井守監督のように。

 

繰り言抜きで言えば、びっくりする位に高品質な、良い劇場アニメ映画だった。来週からは夏休みの子供が多そうなので公開日に観たが、後悔するところはひとつもない。中盤までのお約束の連続まではとても楽しく、大転換の連続である終盤は本当に惹きこまれた。
しかし大昔からのファン*4としては「料金分は楽しめた」で済む話ではない。

ああ面倒くさい。

 

小説 天気の子 (角川文庫)

小説 天気の子 (角川文庫)

 

 

パンケーキ

高松市の郊外にショッピングモールがある。
そのすぐ脇に、どういうわけか「Sam's Kitchen」がある。ハワイの有名なチェーン店*5がどうしてこんなカラオケ・スナックか耳鼻科医院みたいな場所にあるのか。よくわからないけれど、きちんと美味しいハワイアン料理が食べられる。

goo.gl

今日は久しぶりに、ホイップクリームが山盛りになったパンケーキを食べた。流行が終わったら急に見かけなくなってしまって悲しい。この種の「ばかみたいな食べ物」は、思いついた時にいつでも食べられるようにしておいて欲しい。阿呆も馬鹿も許容するのが社会の務めというものだ。

ホイップクリームとバター以外にも、メープルシロップと塩キャラメルシロップ*6が付く。
コーヒーはおかわり自由。店員さんは全然やる気がなくて、余計な気を遣わなくて済む。
暇な時間をのんびり過ごすにはぴったりの店だ。隣のショッピングモールのレストラン街よりよほど気が利いている。

これが今日の、遅めの昼ごはん。そしておやつでもあった。

 

CREA 7月号 (ひとりも楽しいハワイ。)

CREA 7月号 (ひとりも楽しいハワイ。)

 
ハワイのごはんとお菓子のレシピ (別冊すてきな奥さん)

ハワイのごはんとお菓子のレシピ (別冊すてきな奥さん)

 

お題「最近見た映画」

 

お題「今日のおやつ」

 

*1:RADWIMPSファンなら涙を流して喜ぶかもしれない。まるでPVのように、映像に合っていた。

*2:これは例え話です。劇中で「じゃがりこ」が登場した訳ではない。というか覚えていない。

*3:細長い建物の外階段、ぐるぐる廻るカメラ、ささやくような主人公のモノローグと、響き渡るメインテーマ曲。僕の大好物です。

*4:裏原宿のギャラリーで展示をしていた。偶然通りかかって「すごい人がいるものだ」と驚いた。

*5:ハワイへの渡航経験は無い。お土産でこの店のTシャツをいただいた事がある。僕には壊滅的に似合わなかった。なんというか、キャラが違うのだ。

*6:塩キャラメル!!これまた久しぶりだ。

t_ka:diaryは、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイトプログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。