仕事の関係で訪問した町工場で「魚拓おじさん」に遭遇した。
今日はそれ以外に、日記に書くべきことが無い。だから今日は「魚拓おじさん」の日だ。
物品の受け渡しと世間話が済んで、それじゃあお願いしますと工場を出たところで作業着姿の男性に手招きされた。
駐車場に停めてあるハイエースの前で「ちょっと待っていろ」と言う。
たぶんこの会社の社長だろう、と考え、大人しく待つ。
ハイエースのリアドアを開くと、スライド式のレールを引っ張り出す。そのレールを伝い、沢山の新聞架(ペーパーハンガー?)が出てくる。それぞれのバインダーには、新聞ではなくて和紙が挟まれていた。
強い風でばたつくそれらは全て、黒鯛や鰹の魚拓だった。
ほとんどが墨によるもの、一部はカラーの魚拓。
釣り船屋にあるような驚くほどの大物は無いものの、なにしろ数が多いし種類も豊富。鰆の魚拓なんて初めて見た。
このおじさん(実際には初老の男性)はほとんど説明もなく、自慢もなく、「これはチヌ、大崩れ海岸で釣った」「九州に行った時のハタ」と説明しながら魚拓の束をめくる。
小雨がぱらついてきたので、なるほど面白いものをありがとうございます、とお礼を言ってお別れする。
帰社してから別件でその訪問先に電話をする機会があった。
先ほどは魚拓を見せていただいて…と事務の人に伝えたところ、それは「魚拓おじさん」であり「会社とは何の関係もない近所の人」であり「敷地侵入は問題視しているが悪人ではないのでどうか大目に見てやって欲しい」と言われてしまった。
「魚拓おじさん」は釣りの名手であること、そして最近は通院その他の用事が増え、“外部の人”との遭遇事例は減っていること、さらにハイエースは2台所有し、1台は釣り用、そして2台目がこの「魚拓運搬・展開仕様」であると教えていただいた。
妖怪じみている。
特に害がなく、でもちょっと不思議なあたりが「ぬらりひょん」的で素晴らしい*1。小さな工場が密集している地域に、完全に馴染んでいる、というところも良いではないか。
「魚拓おじさん」はそのハイエースに据えられたラックの完成度から言って、金属加工や溶接の技術がある人間に違いない。どんな街にも、ちょっと普通ではないガラクタ発明&自己主張おじさんの家はあるけれど、この人は質も量も彼らとは異なる。きちんとした趣味人が、しかしPRの方法だけ常軌を逸しているのだ。
自分もいつか、ああなるのだろうか。なりそうな気がする。
特に根拠もなく、しかし自分ならば「何おじさん」になるのかをつい考えてしまう夜である。