職場の先輩氏にExcelの操作方法を教えた。
いわゆる「神エクセル」の使い手で、自己流のエクセルで文書からポスターまで作ってしまう人だった。マニュアル本でも買って、Wordの基本操作を学ぶのが近道です、Excelも「表計算」という観点で基本から勉強すると楽ですよ、とアドバイスをしたのだが、30代で自己流を変えようとしない人だから、たぶん僕の言っている意味もわからなかったと思う。
この「Excelで何でも作っちゃう問題」は、Excelの使い勝手の良さが原因のひとつだと考えている。
そして我が国はと国民は、紙で出力した、活字と枠線を使った文書が大好きなのだ。履歴書などを見てみるとわかるが、枠線の頻用は意味や実用性を通り越した美意識みたいなものになっている。どうしてパソコンで作る書類で、横書きノートみたいな罫線が必要なのだ。「明大昭平」のどれかをオートシェイプのマルで囲わなければならないのだ。
この妙なこだわりと、昭和の時代の“レイアウト用紙と糊と鋏”みたいなプリミティヴな作業性が、Excelにフィットしているのだろう。だからこその「Excel方眼紙」。
ならばその方眼紙的な使い勝手だけを抜き出した、印刷文書のエディタをMicrosoftが作ればいい、と以前は考えていた。
「Microsoft HOGAN」と、名前まで提案できてしまう。実は「ほうがんし」を元にした命名である、とMicrosoft JapanがTwitterで発表すれば、「やっぱり日本って凄い国ですね!」と喜ぶ人も多くて一石二鳥ではないか。
しかし少し考えて、これは悪手だと判明した。
方眼紙アプリで作った文書を、他のOfficeファミリーで使う時に、とんでもない事になる。なにしろMicrosoft Officeだから、連携は大切。自分と身内だけで使うわけではない。
まずWordへ「別の形式で保存」すると、レイアウトが崩れるだろう。当たり前だ、だってMicrosoftだから。
そしてPDF形式へのエクスポート、これも駄目っぽい。なぜならば、Microsoftだから。何か不具合が生じる。やたらと容量が大きいとか。
そして、今現在、Excelで(何の疑問もなく)文書やポスターを作っている人達に、「皆が読める形式で下さい」と伝えたらどうなるか。
6割がそのまま「方眼紙形式(.hgnx)」でメールに添付するだろう。
2割が大好きなExcel形式そのまま。もちろん彼らの作る複雑なこだわりのレイアウトと文字飾りは、崩壊する。
残りはJpeg画像に変換して送信。世の中とは、そういうものなのだ。
ここでひとつの提案がある。
ExcelでもWordでもPowerPointでも、Microsoft Officeは、作業者のスキルに応じて徐々に機能を解放していけば良いのではないか。
きちんとMicrosoftの提案する(エンジニアとデザイナーが考えた)操作を行い、求めたかたちが出来た段階で、次の「もう少し高度な機能」が公開される。
Wordならば、最初はメモ帳アプリ程度の操作しかできず、「こういう事がやりたい」とヘルプを参照し、あるいは「やりたい事」だけが書かれたリボン・インターフェイスのボタンを押してきちんと習った後に、操作を自分で行えるようになる。
文字飾りを例にすると、フォントを選べるようになった後に、「太字」や「斜体」が解放される。
「白い背景でフォントも白くしたから文字が消えた!」とか、「スペースキーとエンターキーを連打して、レイアウトを微調整!」みたいな自己流でカジュアルな操作を続けても駄目で、もっと言うとAIの分析でアシスタント(イルカか女教師かゼムクリップが選択できる)が登場してサポートされてしまう。「もしかして、計算結果を手打ちしていませんか?」とか。
最初は混乱するだろうし、不便だろう。
でも、そろそろAIの解析も実用的になってきたし、操作や結果を監視して判定するのはMOSの試験などでもできているわけで、しかもユーザーのアカウントと熟練度を紐付けすれば毎回レベル1からスタートする必要もない。作業を通じてレベルを示すのが面倒な人は、テストやチュートリアルを受けてもいいし、公認試験(MOSとか)の番号入力で最初から高レベルスタートも可能にすればいい。
最初の混乱さえ収まれば、後は楽だと思う。
少なくとも、ちょっとそれどうやって作ったんですか、みたいなExcelの「帳票」は撲滅できるだろう。
なんだか実力主義の行きすぎにも思えるけれども、仕事の話でもあるわけで、「レベルに応じた機能解放」はある種の実用性を持っている、と僕は考えている。
切り捨てるのは、学ぶ気は無いが欲求は叶えたい、という考え方の人達だけ。といっても、例えばExcelならば表計算が“本業”なのだから、適切なテンプレートさえ示せば8割以上の非熟練者はそれで満足するし(根拠はありません)、残りは他の、適切なアプリケーションやサービスに誘導すればいい。こういうのはAppleのほうが上手いかもしれないし、Appleユーザーのほうが順応しそうだ。iMacブームの頃にやっていればさらに良かった。
四半世紀くらいかければ、オフィススイートに対しても「仕事の道具は、きちんとした使い方をする」意識が定着するのではないだろうか。
というような、低レベルな教育が組み込まれる方向も、今後はあるのかもしれない。「便利機能てんこ盛り」で利便性を増すだけでは、きちんとデザインされた道具とはいえない。そんな事を考えたので、ここにこうしてメモしておく。
Excelの本でいちばん役に立ったのはMOSの教則本。次はこの「迷惑をかけないExcel」という本。
一通りの計算と、簡単な関数ができる、くらいの人なら何かしらの役に立つと思う。誰かに迷惑をかけない工夫は、結局のところ自分の生産性を上げる。人間が作ったものなのだから、操作や作業は標準化されて然るべきなのだ。