ニッポンのトランプ

通勤路から少し外れたところに、いわゆる「ちょっとおかしな、町内の有名人」のお宅がある。日本中、どこにでも存在する、妙な飾り付けや、貼り紙の目立つ愉快なおうち。

自分の日常的な行動範囲では、「1.不要品で作る世相を反映した立体作品」の家と「2.鉄骨の端材を活用した世界の有名建築」の家がまず思い浮かぶ。前者はどちらかといえば経済的に貧しい感じで、お年寄りが頑張っている雰囲気。後者は中小企業の社長が休日に(もちろん職場の設備と板切れを使って)制作しているのではないか。
休日限定ならば、「3.貼り紙が充実し過ぎた漢方薬局」も存在する。独特の書体で、どこに売っているのかよくわからない紙(色は独特というしかない朱色、JISやISOに規定されていないサイズ)に、深緑という墨なのかインクなのかわからない色の筆書きで、「西洋の薬は毒である」とか「嫌いな上司がいるのなら、漢方薬がオススメ」とか書いてある。
写真の撮り方によっては「静岡県中部国際芸術祭2016」がねつ造できそうな、エネルギッシュな風景ではある。

さてその「1.」に、新作が登場した。
稲藁で作った案山子に「ニッポンのトランプ」という立て札が添えてある。
残念ながら、この案山子のどの辺りがドナルド・トランプ氏なのか、僕にはよくわからない。いや、トランプにも色々あって、ではどのトランプが該当するのかということすらわからない。
僕は教養が足りないのだろう。でも、まだ制作途中という可能性もある。どうしても薄暗くなってから、あるいは街灯の下で見ることになるけれど、しばらく注視していくつもりだ。

 

 

今日は夕食後に「かめまん」を食べている。
かつて静岡人の主食であった「かめ」。大正時代に稲作が開始されてからも乱獲され、今はこうして形を模した「まんじゅう」のほうが主流となっている。
多くの静岡人は、日々の食事でこの「かめまん」を食べながらも、「ああ、やっぱり本物が食べたいなあ」と考えている。純粋に和菓子として楽しめないのだ。
とても野蛮だと思う。
最近は静岡人も「かめ離れ」が進み、特に独り暮らしの若者などは「かめまん」を食べない日が週の半分を占めているという。でもやっぱり日々の食事の軸となるものを、代用品模造品と考えてしまうのは、文化的とは言えないだろう。僕は本物の「かめ」よりも、「かめまん」のほうが愛らしいと思うのだが。

今日の「かめまん」は、手のひらに載るサイズ。
背にハートが見える。そして、白餡に刻んだチョコレートが混じっている。初めて食べるタイプだ。とても美味しかった。どういうわけか、アールグレイに合う。良い品でした。

 

 

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