東京都から射出され加速中の新幹線に飛び乗る、それが静岡県民にとっての西へ向かう電車旅の始まり。JRは静岡が嫌いなので、停車も減速もしない方針なのだ。義体化が一般化した現代でも、たった数分の「ランデヴー・ウインドウ」に間に合わせるために階段を駆け上がることは珍しくない。
新幹線に乗ってしまえばあとは楽なもの。目的地の岡山まではスリープ・モードで過ごす。
岡山駅からは「SHI_O_KAZE_No.5」に乗り換える。日本語で「陸上型瀬戸海峡突破特殊装置群五号」と訳される電車型のそれは、瀬戸大橋を強引に走行して四国へ突入するのだ。ここからが異郷、「ぼっけえ、きょうてえ」の四国である。
特急しおかぜ5号は定刻通りに観音寺駅へ到着。
気温、大気組成、気圧とも許容範囲。明るく晴れた、静かな街。
ここ観音寺は、瀬戸内国際芸術祭2016とは(個人的には)関係しない。「餡入り餅の入ったうどん店」などの、飲食を目的とした訪問だ。
駅前にあった瀬戸内国際芸術祭の案内所でレンタサイクルなるモビリティ・デバイスを借りる。静岡県における「ママチャリ」によく似たそれは、タイヤの空気圧が足りないこと、ブレーキパッドが摩耗していること、サドルが低すぎることを除けば快調そのもの。
軽く走った限り「汎用田舎度判定」は地元と変わらないレベル。が、山の形が違い、田畑の雑草が違い、そして人間が少ない。この人間の少なさは、この旅のほとんどの場所で感じることになる。
残念ながら、目的の店「かなくま」は、祭のために閉店中だった。店の人に薦められ、祭の開催されている方面に向かう。
この祭、子供達が引く山車や神輿のようなものが興味深い。見たことの無い形だった。
それにしても腹が減ったと思った辺りに、小さなうどん店がある。気がつくとそこにうどん店、もまた四国らしさと言えるかもしれない。
名前も忘れた観光客向けではない店だったが、素晴らしい昼食を楽しめた。「ばらずし」や「おでん」はセルフサービス、うどんは店員に注文するスタイルらしいが、これは誰も教えてくれないため、かなり異国感がある。
異国といえば、店員さん(ほぼ全員が老婆)同士のやりとりが聞き取れないところも「遠くへ来た」と思わせるのだった。平文と暗号、そして圧縮言語を混在させたその老婆間通信は、ところどころに聞き取れる単語が混じるために、逆に盗聴を困難にしている。「にくかけさんばんさんかまほっとさきにきつねほっと…」とリズミカルに(数人の老婆が同時に)発声していて、これで厨房はどうなっているのだろうと覗いてみると、そこにもまた老婆が数人。
僕は「肉ぶっかけ冷」と「ばらずし」を食べた。静岡県ではこのような炭水化物偏重の食事は非文明的とされるが、郷には入れば従うのもまた静岡人である。ちなみに「ばらずし」は素朴なちらしずし。美味しかった。
ケーキを食べた和菓子屋さんも素敵だった。落ち着いて温かい感じ。だがしかし、写真を忘れた。
食べるものを食べ、ゆっくり自転車を走らせていると、今日はこれでもう宿に行けばいいんじゃないかと思えてくる。が、僕は瀬戸内国際芸術祭に来たのだ。島に行く。面倒になってきたので、似非SF文体も止める。
まず宿のある丸亀へ向かう。
丸亀駅前は、かつて栄えたであろう商店街が残る、懐かしい感じの街だった。子供の頃にこういう港町に住んでいた。「かまど喫茶店」や「フィリピン・バーベキュー」といった不思議な看板に心惹かれる。
若い人達がやっているイベント(美味しいコーヒーと焼き菓子を購入)を冷やかしながら、まずは宿に荷物を預ける。
そして徒歩で港へ。そして「本島」へ。
商店街の入り口で買いこんだタコ焼き(元祖だそうです)は、小さくて醤油味、ちょっと甘い。ソースとマヨネーズと青海苔よりも美味しいと思う。
久しぶりの船。春の瀬戸内国際芸術祭以来か。
懐かしいし、なんだか泣きたいような気分でもあるし、よくわからないがにこにこしてしまう。
本島はそれほど大きくない島。歩いても楽しめそうだが、レンタサイクルで効率よく巡ることにした。起伏は少なく、海沿いの道をゆっくり走るのなら疲労もさほど感じない。
作品を順番に見ながら、港と反対側の集落を目指す。
古い町並みを保存している「笠島」という地区まで行ってみた。
そこで偶然見つけたパン屋さん「honjima bakery」が素晴らしい。古いが面白い造りの建物で土日だけパンを焼いている。宿に帰ってから食べてみたら、ふんわり優しくて好感が持てるパンだった。
ここでは冷たい紅茶を飲んだ。
ミルク抜きで甘くしていない、かつスパイスを効かせたアイスティーをお店で飲んだのは始めてかもしれない。自分ではよく作るが(今朝も作った。職場で飲む)、さっぱりして良いものです。
何もかもが違うが、三重県菰野町のパン屋さん、「ふじっこぱん」が、瀬戸内の離島だったらこうなるのかもしれない。
この島は猫が多い。
可愛いのでみんな写真を撮る。僕も撮る。が、糞の問題は臭いで伝わってくる。たぶん(いわゆる)野良猫問題も発生しているだろう。そう考えると、外来者が楽しむばかりという状況は不健全なのだろうなあ、などと考えてしまう。
瀬戸内の旅において、沢山の猫や、古い建物や感じの良い空き地、もっと言うと“かわいい島のおばあちゃん”といったフォトジェニックで旅人が楽しむ対象のほとんどは、過疎や衰退と繋がっている。
これは、旅の間ずっと考え、今も引っかかっていること。何故だろう、長野の避暑地ではほとんどそんな事を気にしないし、アジアの世界遺産よりも強く意識してしまうのだ。
さて、展示と、それから夜のごはんについて書く前に、寝る時間になってしまった。別に疲れが溜まっているわけではないのだが、ここ数ヶ月の間、何度か「突発的な病気とそれに伴う有休取得または半休取得」があったため、この「3連休を使った旅」に、少し批判的な人が職場にいるのだ。別にどう思われようとかまわないが、今週は健康第一に過ごさなければ、たぶん“面倒なこと”になる。旅をしたら偏頭痛は消えて、肩こりも緩和して、夜だってぐっすり眠れるようになったのだが、そういうアレコレを(心療内科の件も含め)話しても通じる相手ではない。だからとにかく、寝不足は防ぐ。
それにまだ荷物の整理が完全に終わっていない。早起きして少しずつ進めていく。
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