今の職場で働きはじめて、最初のバレンタインデー・イブを迎えた。
本式では明日なのかもしれないが、とにかく出勤日としては今日となる。便宜的といえばその通りだが、まあ人に何かを贈りたい、あるいは貰って嬉しい、という趣味嗜好の人は多いので、便宜が良ければそれで万々歳だろう。
僕も贈り物は好き。贈るのも貰うのも大歓迎。
しかし今のところ、「義理のプレゼント」に対してはそれほど興味が無い、もしくは距離をとって暮らしている。だってそれはもう、僕の定義するプレゼントとは言えないのだから。貰えば嬉しいし、チョコレートは好物だけれど、まあそれは別の話。「私の理想とするプレゼント哲学」については、今日は書かない。
夕方、仕事を終えて、自分の机に戻った時に、キーボードの上に小さなチョコレートがひとつ置かれていた。同じ部署の女性からの義理チョコかと思ってその人に聞いてみたら、「知らない。たぶん(この部署を含む50人くらいの事務経理的な面倒をみている女性社員達からの)品ではないか」との解答。50人のうち35人くらいが男性の職場で、その男性全員の机に外国製の小さなチョコレート菓子を置く、というのは「義理チョコの極み」だと思う。顔だって覚えていない、名前ももちろん知らない「事務の女の子」達が、事前に集金し、誰かが代表して購入し、そして業務時間中に全員の机に置いていく。なかなかできる事ではないだろう(皮肉ではなく、本当にすごいと思う)。誰かが「もう止めよう」といったら、あっという間に廃れそうな、そんな慣習だと思う。
この無差別で匿名なバレンタインプレゼントに対し、どうやって返礼をしたらいいのか。せめて「〇〇部〇〇課の〇〇です」と書き添えてあれば、きちんと対応できるのだけれど(その辺りは甘党紳士のたしなみとして身についている)。
そういえば、研究部門の管理職の人(僕の上司の上司の上司にあたる)は、チョコレートコーティングされたカロリーメイトを貰っていた。
この人は外見も物腰も大変に温和で(信楽焼の狸を絵手紙風にアレンジしたような雰囲気がある)、実際に面倒見がよく、あと少しで好々爺になりそうな、とにかくいつも笑みを絶やさない人格者である。しかも頭が切れる。
そして、仕事が佳境に入ると、栄養補給をカロリーメイトに頼ることでも有名だ。僕も残業の時はカロリーメイトを食べるから、夜の休憩室ではカロリーメイト談義が弾む。「あれですね、君と僕とは、熱量の友達ですね。カロリーのメイト、ですねふふふ」とか、そういう理系じみたジョークも言う、なかなかおもしろい狸である。
柔和な物腰と気配りの巧みさから、女性社員にはとても人気がある。だから毎年、この人には「ちょっとひねったプレゼント」を贈る人が絶えない、と聞いた。彼へのバレンタインプレゼントは、女性たちにとっての1つのチャレンジ、あるいは恒例行事となっている(概ね事前の協議によって、誰が贈るのかを決めている、らしい)。
そして今年は、チョコがけのカロリーメイトだった。
ひとつご相伴にあずかった。僕が貰ったのは、カロリーメイトのチョコレート味に、ビターっぽいチョコレートコーティングがされた品。なかなか美味しかった。
「チーズ味が素晴らしい」と言っていた。
フロンティアを切り開いた、という点で、やはり「プレーン味にミルクチョコレートとアーモンドダイスこそベストですね。スタンダードかつ新境地、これが創造というものでしょう」と上司(狸)は語る。さすが研究開発部門の長、言うことが違う。
ほんの少しだけチョコレートが染み込み、そしてがっちりとカロリーメイトが結合している。これはおそらく、カロリーメイトを少し加熱し(例えばオーブンの予熱やオーブントースターでの短期加熱)、そのうえで溶かしたチョコレートをかけたのではないか、と分析していた。
「カロリーメイトにカロリーを上乗せして、そして来週には人間ドックですよ」と、なかなか嬉しそう。「数年前(のチョコレートコーティング・カロリーメイト)よりも、ずいぶん進歩していますね。お菓子作りは奥が深い」とも言っていた。
しかし僕は思う。上級管理職の人間がカロリーメイトばかり食べているからといって、その人にカロリーメイト(を材料にした菓子)を贈る行為は、勇気なのかそれとも思いやりか、あるいは蛮勇か。本人がにこにこしていても、ノリでそんなことができてしまうなんて、ちょっとした驚きではある。
狸の形のチョコレートよりはマシかもしれないけれど。
もし僕がこの上司にバレンタインプレゼントを贈る事態となったら(思考実験)、カロリーメイト型のチョコレートを作るだろう。パッケージは、がんばって本物そっくりの箱を制作する。きっと熱量の友達である狸上司は喜んでくれるだろう。
そういえば、大昔に「カントリーマアムにチョコがけした品」を「手作りチョコ」としていただいたことがあった。美味しいし、面白い着眼点だとは思った。でも本人が「生地を練るところで苦労した。配合を変えて2回の試作を重ね、最終的に徹夜した」などと言い出したので、僕としては何も言えなかった。「田舎のママの味がするね」くらいは言ってしまったかもしれないけれど、もう昔の事だから覚えていない。
嘘だからといって指摘できない事が、世の中には多いと思う。それくらいは僕にもわかる。義理は尊重しなければならないし、「覗いてはならない嘘の闇」に関わってはならないのだから。
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