お年玉付郵便はがきと、明後日の次の日

今の職場で働き始めてからもうすぐ半年になる。驚かされることばかりだが、最近もまたびっくりする“風習”に遭遇した。

 

昼休みの雑談で、みんな当たり前のように「お年玉付郵便はがきの当選結果」を報告しているのだ。それも「切手シートだけだったよ」程度の話ではない。「年賀状がこれだけ届いて、成果はこれだけ。例年よりも低い傾向にあるが、2等賞が1件あったので良しとする。ちなみに当たったのは〇〇さんからの年賀状だった」とか「うちの課では〇〇さんが3等賞の切手シートを4枚当てた」みたいな話を、老いも若きも楽しそうに話す。

雰囲気としては、大型連休の後に「で、どこに行った?」「忙しくて、日帰りで西伊豆に行っただけです。でも隣の課のヤマグチさんはハワイに行ったそうですよ」「あいつ海外旅行好きだからなあ」といった会話をする、あんな感じ。

盛り上がるぶんには全然かまわないのだが、僕のように「まだ番号との照合作業をしていません。昨年や一昨年の成果は覚えていませんし、部署の状況も把握していません」なんて人間は、なんとなく居づらいのも確かである。
今日は「あれ、kato君は“年賀状は気にしないタイプ”なんだ?」なんて言われてしまった。この場合、「気にしないタイプも世の中には少なくないし、それはそれで全然かまわないよね。多様性と寛容が世界を豊かにするんだから」ではなくて、その逆のニュアンスが含まれているから、たちが悪い。飲み会をひたすら断り続ける人に対する、あの空気と視線。

加えて僕は、年賀はがきではなくて、年賀切手を使用している。
お年玉付の年賀切手なので、そして職場の人達へも年賀状は出しているので(1月5日に顔を合わせる人達に新年の挨拶状を出す必要性は感じないのだが、年末に当たり前のように住所録が回覧されたのだ)、この「恒例行事」への貢献はしているはずだが、多くの人が、あの切手に「クジ番号」が振られていることを知らない。

好みの紙を使える、印刷ミスの影響を減らせる、置き場所をとらない、といった利点が多い素晴らしい、素敵な切手だと思う。でもこの職場では、僕のような「年賀切手ユーザー」は、「わかりにくいシステムを採用している、気の利かない人間」と看做されるのだ。「そんな切手知らない」なんて言われても困ってしまう。デザイン上の工夫だってしている。よく見れば子供だって気がつくだろうに。でも職場ではいちばんの下っ端だから、「無知は僕の責任じゃないですから」と言うわけにもいかない。

そして今日に至るも、まだ当選結果を確認していない。抽選日は1月18日であるのにもかかわらず、だ。
意識が低い、と思われている可能性は高い。

 

 

 

おかしな企業文化といえば、昔の勤め先を思い出す。
あの三重県の事業所(工場群と研究所が広い敷地に散在していた)では、「ささって」という言葉が普通に使われていた。「ささってから提出書類の様式が変わります」といった風に使う。
県外から来た人からすると、この「ささって」は意味不明だ。三重県民にとっては「普通だよ」とのことだが、最初のうちは本当に困った。
わからないのだから聞くしかない。しかし質問すると、人によって「明後日の次の日」とか「明後日のこと」あるいは「明々後日の翌日」など、異なった解答が返ってくる。「勤務日における、今日を含めない明後日」と言う人までいた(この辺りになると冗談に思えてくる)。
これは仕事における打ち合わせなどで、大変に混乱する。「ひょーじゅんごを駆使する都会人(三重県民以外は基本的に都会人!静岡県民ですら都会人!)である余所者が、三重弁についてことさら話題にする」といった感じの、小さな摩擦も生じていたように思う。「あまり方言については話題にしてくれるな」みたいな空気があった。県外からの人間の多くがリーダーや管理職であったことも、反感の元になったと推測している。

そこで(ここがいちばん妙だと思うのだが)、この「ささって」についての混乱を受け、統一基準が策定されることになった。何かしらの重大なトラブルを生じさせた、あるいは単に県外からの転入者からの声が無視できなくなったのだと思う。
会議の結果、「明後日の翌日」と決まったはず。マネジメントシステムやPDCAやISOナントカといった仕組みに則り、周知し、記録をつけ、それがきちんと機能しているかを確認し、関連書類を改訂した。
「そうじゃなくて、明日でも明後日でも、きちんと日付で指定しようよ」と提案はしたのだが、「現場に則した、人の息吹きが伝わるマネジメント」とかなんとか、そういうものを大切にする会社だったので、「日付」などというデジタルで冷血的で効率最優先のツールは、あまり評価されないのだった。まあ「日付は禁止。〇〇日後、といった表現も駄目」とまでは徹底されなかっただけでも良かったのだと思いたい。さすがトータルサイエンスで人と暮らしに貢献するグローバル企業は、発想からして違う。

今でもあの職場に行けば、誰かがExcelで作った「ささって基準シート」が貼られている筈だ。改訂期限は最長で3年だったから、もう新しいシートに変わっているだろう。

実のところ、今でも「ささって」の本当の意味(いったい何日後を指すのか)は把握していない。それで全く生活に支障はないし(なにしろここは静岡県なのだから)、あまりにも“どうでもいい話”だったので、そのどたばた騒ぎだけが記憶に残り、具体的な内容は忘れてしまったのだ。

こういうのは「今となっては良いエピソードです」と言っていいのだろうか。
やる気に溢れた元気な人達が集う、良い職場だったことは確かだが、それでもあの妙な世界には最後まで馴染めなかった。

 

とりあえず今の職場における「1月後半のホットな話題」である、年賀状のお年玉については、きちんと確認し、明日あるいは明後日には「報告」しなければならない。

でもしかし、なんだかとっても気が乗らないのです。そんな時間があるのならば、小説の続きを読み、あるいは睡眠にあてたい。

まあいいや、面倒だから「34枚の年賀状が届き、それとは別に未使用の年賀切手が2枚ある。3等の切手シートが2枚当選した。引き換えは今週末に、静岡中央郵便局にて行う」という設定で済ませてしまおう。それで許してもらえるだろう。
嘘は嘘だが、これは優しい嘘。誰も傷つけないし、僕は本を読んで、そして寝たいのだ。

 

 

 

素晴らしきラジオ体操 (草思社文庫)
 

 

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