中庸の炊飯器を探す。

 
 
鉛筆キャップ どうぶつ 116232
母から「引き出しを片付けていたら出てきた。活用せよ」と、消しゴム付きキャップを渡された。
昭和の遺物だと思う。バーコードが無い。「どうぶつの香り」と書かれていて、今でも匂いがする。この場合の「どうぶつ」は架空のそれであり、例えば「青りんごライオン」の香りがする。
僕には使い途が無い。甥か姪に与えたほうが良いと思う。平成の子供達も、こういうファンシー文具を喜ぶのだろうか。







少し前から、炊飯器が故障しはじめた。いきなり電源が切れる。炊飯中やタイマー予約中に切れるため、不便をしている。
さらに発売当時には目玉機能であった「外に水蒸気を出さない機構」も壊れた。熱のかかるところに複雑なプラスチック部品があり、インターネットでもその箇所が「アキレス腱」扱いされている。
多機能で高価格、炊飯品質は高いけれど日常の使い勝手に不便を強いられる事を揶揄して、炊飯器マニアの掲示板では「我儘プリンセス」と渾名されていた。
炊飯器マニアの世界にも興味があったが、それはともかく、当時は「超高級家電」の黎明期であり、炊飯器にもあらゆる機能が搭載されたが、まだ熟成が足りなかったのだと思う。
深いワインレッドのプレミアムなシェイプ(とマニュアルには書かれている)と、高付加価値・高価格の、それなりに良い炊飯器だった。
10年は使っていないと思う。試しに購入店に相談したが「このメーカーの、この時期の製品の、この種の故障はよくある。修理には時間もかかるし、買い替えをお勧めする」と言われた。
確かに、直してもまた別の箇所が壊れそうな、そういう雰囲気はする。「我儘プリンセス」とは、上手い命名だと実感している。






そこで、新しい炊飯器の購入が決定される。僕が機種選びを任される。「金額は問わない」と両親は言う。
とりあえず町内の電器屋さんに相談した。昔はただの「町の電器屋さん」だったが、今は全国チェーンの大型電器店の傘下で、広告と在庫を大型電器店に依存し、サポート業務を担っている。
すぐにカタログを用意してくれる。「このマルがついている品なら、すぐに用意できます」と言う。値段も大型電器店と同じ。
スペックを比較し、謳い文句を読んでいく。さっぱりわからない。10年前に始まっていた「高付加価値高価格」路線は、今も拡大しているように感じられる。
途方に暮れていると「あー炊飯器はですねえ、あまり考えないほうがいいですよ。考え始めると買えないです。気分で決めるものです」と助言してくれる。



カタログでは判断できかねるので、国道沿いの大型店で実物を見ることにした。
わりと広い売り場に、高級そうな炊飯器が並ぶ。深いワインレッドのプレミアムなシェイプか、深いミッドナイトブルーのそれか、深いカーボンブラックのそれが置かれている。
今の流行は内釜へのこだわりらしく「無垢の金属塊からの削り出し」や「職人が手で叩きだしたプロ仕様」あるいは「業界初の6層+α構造」と強調されている。
店員に「ぜひ手に持って下さい」と勧められる。ずしりと重い。そしてコストがかかっていると実感する。
それからもちろん、内蓋部分も複雑な構造を誇る。もちろんこの部分は、毎日洗う。
外装まで「ダイキャストアルミフレームによる不要な振動を抑制。電磁波の"ふらつき”を防ぎ、炊きあがりは全ての米が立つ!」という。
「持てる全てを、美味しいご飯の為に...」といったマンションの広告みたいなキャッチコピーも目立つ。「銀シャリを超えた銀シャリ」は、どうかしていると思った。



それでは高級は諦めて、シンプルに「簡単確実にご飯を炊く」ものを探す。
釜の厚さは、ほどほどで良い。あまり重いと扱いづらい。それから内蓋も洗いやすく、本体の掃除も簡単なデザインが良い。
「10年前のハイエンド機とまではいかないが良い性能で、メンテナンスと準備にかかるマンパワーをミニマムに抑える事に技術を注ぎ込みました」という品がいい。
贅沢は言わないから、よく使うボタンを大きくして、毎日は押さないボタン(美味し炊き機能[おいしたき-きのう]のON・OFF)は目立たなくして欲しい。





ここで問題が発生する。
先ほどの充実した「ハイエンド」な棚の反対側には「一人暮らし1年生が冷蔵庫や電子レンジとセットで購入するローエンドモデル」が並ぶ。
その中間にあって欲しい、ミドルクラスの、普通の日常使いの炊飯器が、ほとんど無い。
数少ないそれは、ほぼ値引きされていなくて、割高感がある。あるいはデザインが「90年代ハイテク家電」みたいな壊滅的なものばかり。





すっかり困ってしまう。
僕が求めていたのは「最小限の手間で日常の炊飯をこなせる質実剛健なマシン」なのだ。
持てる全てをぴかぴかの米に注ぎ込む前に、4つに分けなければ洗えない内蓋を改良してほしい。炊き上がった米の表面にナノレベルの違いがあっても、それほど嬉しくない。
実用車を探しに自動車ディーラーに行ったらスポーツ車しか置いてなかった、そんな気分になる。
「こいつは手がかかりますが、加速する時のエンジン音は官能的ですよ。実用車ですか?それなら中国製の小型車があります。とにかく安いです」と言われた感じだ。




実際に、店員さんに聞いてみる。数少ない「ミドルクラス」を指差して、「このクラスの品は少ないですね」と言う。
「良い点に気が付きました。付加機能で価格を釣り上げないとメーカーも我々も"うまみ”が少ないですから。高額なシンプルモデルは誰も買いませんよ」と(言葉を選んで)教えてくれる。
それから「安物は中国製が多いです。十分にご飯は炊けますが、内蓋が取れなかったり、すぐ故障したりと、安いだけの理由はあります」とも言う。
最後に、個人的な感想といった雰囲気で「炊飯技術だけならば、ミドルクラスで十分に技術的な到達点をクリアしています。後はガラケー化です」とつぶやく。
なるほど、いわゆる「恐竜的進化」の形式なのかと納得する。
電気制御で鍋の加熱と保温をするだけならば、もうメーカー毎の違いは出しにくい。加熱機構と制御プログラムにお金を出す人(特に老人)は少ないだろう。



そういうわけで、帰宅してからも炊飯器についての情報収集を重ねている。
日常生活に関わる「質実剛健」といえば、「暮しの手帖」や「通販生活」が得意分野だ。それから「セミプロ向け」の品も探す。
きちんと探せば、高価で十分な炊飯性能とメンテナンスを持った、ユーザー視点の炊飯器は見つかる。
ただし設計年度が古いせいか、驚くほど筐体が大きかったり、消費電力量が多い。
「電源パーツを保護する為に、あえて保温機能は付けていません。不便も含めて美味しさです」という、ピュアオーディオ的な品まである。そういう品は買えない。
無難なところでは「無印良品」の炊飯器が良さそう。安くて、使い勝手の部分をデザインで工夫してある。無印良品の炊飯器は、マニア・ネットワークでも、1つの指標とされている。
しかし無印良品は「専業メーカーではない、外装を変えただけの、味も素っ気もないファッションブランド」と母は言い、喜ばない。
嫌ってはいないが「息子が買ってくる安物の無難なシャツの会社」とも捉えている。
加えて母は、もう数十年前の「選別の手間を省いてお値打ちです」路線の印象を未だに持っている。「シンプルなのは良いけれど、白一色はやっぱり貧相に見える」と言う。



こういう人(母)がいるから、高級炊飯器は「3層クリア塗装のネオジャパネスクデザインと、20種類の炊飯モードのプレミアムな融合」路線から離れられないのだろう。
しかしメインユーザーは母だ。「価格は問わない」と言うのも母なのだ。だから彼女の言葉には従わなければならない。
買っても文句は(それほど)言わないとは思う。しかし親孝行は細部に宿るから、事は慎重に運ぶ必要がある。



ふと「Appleが、炊飯器を再定義してくれればいいのに」と思う。
カリフォルニアのApple社員が「炊飯器の本質は何だろう?」とディスカッションを重ねて、ミニマムでクリーンなプレミアム・ライスクッカーを作り出したら、僕が買う。
最初は使い勝手が悪くても、文句を言いながら新世代機に買い換えるかもしれない。途中でSONYが参戦したら、それもチェックする。



もはや炊飯器は、別業種からの「要は加熱器具だろ?」という無造作な参入で、本当の「ワンランク上」に到達するのではないかとすら思えてくる。
それほどまでに、既存のメーカーの技術競争に、魅力を感じないのだ。トヨタがうっかり作ってくれないものか。



現在は、IHレンジの「炊飯モード」機能でご飯を炊いている。保温もタイマー予約も出来ないが、不自由はしていない。
そして十分に美味しいし、手間もかからない。
これでいいんじゃないか、と僕は思うが、両親は「やはり炊飯器があったほうが良い」と言う。2人とも、世代的なものか性格か「これを機会に1つモノを減らそう」という発想を苦手としている。
数日間の家事を通して「炊飯に厚い鍋は不要かもしれない」と気付く。直火を当てる訳ではないし、数リットルの水と穀物を煮るだけだ。
調理器具界に多い"真偽不明の伝説”の1つのように思える。「鉄のフライパンで鉄分補給」と同じ「昔ながらの器具が実は優れていた」系の伝説。





いい加減疲れたから「洗いやすい炊飯器」で検索して、それで決めたい。困った時はGoogleに有りのままを相談するのが良い。
ぱっと見た限りでは、Googleが提示した「洗いやすい炊飯器」は、デザインが僕好みではない。もう少し、線を整理できないものか。ジャム作り機能と製パン機能は使わないと思う。
そして、各種の評価サイトのユーザーレビューを読んでいると、どんどん不安になってくる。「レビューというより、気分を書いているだけの素人批評だ」と気付く。星の数も当てにならない。
かといって前述の、炊飯器マニア交流サイトを眺めていても、伏せ字や専門用語やジャーゴンばかり。別に炊飯器を語るのに匿名掲示板的なアングラ感は不要と思うのだが、マニアはよくわからない。
炊飯器マニア交流サイトには「2013年モデルを全て買って比較しました」といった強者はいない。


美しい生活に妥協は許されないと栗原はるみ氏は言っていたので、もうしばらくは頑張ってみる。
平野レミ氏は「ダサくてもすぐ慣れるわよ」とエッセイに書いていたが。





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