神経神話

今週末は帰省しようと思っていたが、また週末に出勤することになってしまった。
まだ旅行の土産も片付けていないし、休日にやっておきたいこともあるのだが、全て中途半端なまま放り出してある。

以前、帽子を編むつもりで毛糸を購入したけれど、ほとんど手付かずのまま。
数日の間少し編んで、解いて、そのまま袋に放り込んである。

革のバッグは、試作品(紙袋から採寸)を完成させた時点で作業が止まっている。
近所で革が買えると良いのだが、なかなか見つからない。
名古屋に行けば売っているのだろうけれど、東急ハンズは高いし、端材を売ってくれるような店は知らない。
もともと、自転車へ装着することを主眼に作成していたが、そもそも自転車に乗る機会が少ない。今朝は暖かかったので通勤時に使ってみたけれど、残業で疲れていると自転車通勤は億劫だ。

NintendoDSは枕元に置いて“寝ながらインターネット”をする以外はほとんど放置している。
過去に、携帯電話の付属機能やWebの無料ゲームに熱中したことがあったが、今回は中毒には程遠い。
“脳を鍛える〜”はたまに触るが、大抵の場合“20〜30代の脳年齢”という測定結果なので、トレーニングをする気が起きない。
ゲームの雰囲気も苦手。所々で入る説明(というか効能書き)が能天気すぎる気がする。元になった研究はとても興味深いので、少し残念だ。
こういうゲームが流行るということは“神経神話”は未だに有効なのだろう。
でも、DSの機能を生かした面白いゲームではある。
上司が遊びたいというので、しばらく貸すつもり。

 

帰りが遅くなると、夕食を作るのが億劫になる。
外食で済まそうと考えるのだが、帰り道から気楽に行ける範囲のお店を考えているうちにアパートに到着してしまう。
“美味しいラーメンを食べにいく”というような状況以外では、積極的に外食をする気にならない。
空腹を満たすのが目的ならば、家でヨーグルトでも食べて済ませたい。
特に旅行の後など、美味しいものを外で沢山食べた後などは、そう思う。
家で自炊をするのなら、どんな質素なものでも平気なのだが、外食には(安いお店であっても)“ご馳走の喜び”を求めてしまう。
そんな訳で、今日の夕食は、
・ヨーグルト(苦いマーマレード入り)
・キャベツ(半玉)と豆のスープ
だった。

帰宅して、夕食を食べてから少し寝てしまった。
この日記を書いたらまた眠る。
寝ながら読むには京極夏彦の本は厚すぎる。

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