復活の日

仕事中はまだ喉の奥に風邪が残っている感じがした。
帰宅してお風呂に入って身体を入念に洗い、鼻をしっかりかんで、熱いお茶を飲んでから歯磨きをしたら、ようやく「悪いものが全部出た」感じがして、肩の力が抜けた。
もちろん錯覚なのだが、もう鼻もすーすーと通るし、痰だって絡まない。風邪は収束した、と宣言して良いだろう。

仕事も概ね順調。
まだ覚えるべき事柄は多く、しかし仕事は待ってくれないので多くを任される*1。社会人になってかなりの期間を「大きな会社のきちんとルールが整った部門」で働いてきたから、未だに教育体制が整っていない、仕事のシステムが未完成な職場には戸惑ってしまう。
筏で新天地に移り住んだ時に、集落から村へと順次発展させていく人間と、いきなり国のかたちを考え始める人間がいる。僕は後者。前者のほうが間違いなく実践的であることは理解しているし、自分だってそのように行動はするけれど、意識の根っこは「きちんとした仕組み」を初期段階から整えようとしている。社長はその性格(性質)を買ってくれて僕を雇ったというが、しかし本人としては焦るばかりで無駄に疲れるので、損な性分ではある。

 

 

共感の社会神経科学

共感の社会神経科学

 

 

さて今日は身体も整ったが、部屋もまた“健やかな状態”になった。
床には何も置いておらず、洗濯物は綺麗にクローゼットに収まり、乾いた食器はそれぞれの棚に戻されている。
部屋が整う、というのは単に整理整頓されている状態ではない。ある一定の状況(整理整頓度が80-100%の間)を保ちやすい状態となっていることが、気持ちの良い整い方なのだと僕は考えている。どちらかといえば気持ちの問題。

帰宅してから腰を落ち着けるに「やるべきこと」を済ませると家事が捗り生活が潤い夜の時間に余裕が持てる、とライフハック的な何かで読んだが、それも部屋がある程度の整いかたをしている時に限る。

週末にはまた散らかる予定だが*2、なんとなく安心している。

こういう日こそ早く寝るに限る。
心穏やかに、暖かく寝たい。転職から引っ越しの頃も酷い状態だったけれど、ここ数日もまた別の意味で“荒れて”いたのだ。今日になって思い返してそれに気づいた。

 

復活の地1

復活の地1

 
復活の地2

復活の地2

 
復活の地3

復活の地3

 

 

お題「今日の出来事」

 

*1:極めて少人数の会社なのだ。

*2:工作をする予定。