一昨日の事を書こう。
今思い返しても、希有な体験だった。
静岡県から四国に車で向かう際には、愛知県を通過することになる。最短経路は「伊勢湾岸自動車道」で、三重県に住んでいた頃から自分にとっては慣れた道だ。
ここに大きなサービスエリアがある。
「刈谷サービスエリア」だ。
小洒落たトイレと観覧車がある「ハイウェイオアシス」は混むので僕は専らサービスエリア側を使用する。といってもトイレ以外で立ち寄る事もない。稀に「大あんまき」を購入する。
一昨日はこのサービスエリアの直前でLINEに着信があり、内容確認のためだけに寄った。
だから駐車場の隅でスマートフォンを確認したら、そのまま大型車エリアを抜けて本線に出るつもりだった。
その時に「御在所」と書かれたボードを掲げた若者達が目に入った。
御在所サービスエリアは馴染みがある。
三重県菰野町や四日市市の友人達を訪ねる際に寄ることが多い。知人が働いていたこともあった。
なので「まあ、御在所までなら」と乗せることにした。寄り道にもならない。
普段はそういう気まぐれをしないのだけれど、長い旅でもあるし、いささか退屈もしていたのだ。
しかし残念ながら1人しか乗せられない。なにしろ引っ越し荷物がそれなりに積んである。
今月に繰り返した出張や、引っ越し業者による運送で生活必需品は運び込んだが、趣味のものや友人から貰った家具といった、それなりの量の荷物が後部座席やトランクに詰め込まれている。
というわけで乗せたのは1人。最初に声をかけてきた大学生の女の子。東京在住で、確か21歳だった(忘れた…)。
ホワイトボードには「御在所」と書かれていたが、目的地は「神戸」だという。
神戸ならば自分にとっては通過点だ。では行けるところまで、と話がまとまり、三重・滋賀・京都・大阪そして兵庫と数時間の“旅の友”となった。
なにしろ話が上手い人だった。
話上手で聞き上手、ちょうど自分も転職と転居と旅行が重なった状況ということもあって、話したい気分だったのだろう、延々と楽しく会話ができた。
会話をしながら、この人は若いのだな、としみじみ思う時もあったし、あるいは自分の行く末に思いを馳せることもあった。もちろん自分の学生時代を思い出すこともあった。
この人は既に何回か、こういうライトなヒッチハイク旅をしている。普通の海外旅行も楽しんでいるようだ。
この若さで旅を楽しめる、しかもグループでも1人でも楽しめるのは、ひとつの才能といっていい。
書けば長くなるから割愛する。
とにかく楽しい同乗者だった。
そして車は神戸へ到着する。
高速道路を降りたところは埋め立て地で、いわゆる「歴史ある港町」とは違う感じ。有明とかお台場に近い。大きなIKEAや東京インテリアがあった。
少し走って「いわゆる神戸」なエリアに到着。
ここで良き同乗者とはお別れ。神戸タワーの前でInstagramのアカウントを交換して「良い旅を!」と別の道を行く。
安宿に泊まることさえ娯楽とする、バイタリティ溢れ、思慮深い人だった。
自分は、せっかくここまで来たのだからとIKEAで買い物をした*1。
家具は買わず、ファスナー付きのプラスチック・バッグやフードコンテナといった消耗品を多く購入する。四国からの距離感を逆算して、わりと気軽に寄れる場所という感触を得たから、カタログは貰っておいた*2。
家具やインテリアの仕事を1年続けてきた。だから退職した今でもそういう目線で見てしまう。「この価格でオーダー家具ができるのか!」とか「安い素材だけれど、まるで貧乏くさくない。素敵な工夫だ」とか。
ちょうど同じペースで順路を進む人達がいて、彼らも家具インテリア関連の仕事をしているらしく「自分達の売りたい路線とは違うが、大したものだなあ。何度来ても学ぶところがある」と感嘆していた*3。
それはともかくIKEAといえば安い飯である。
ここのミートボールとマッシュポテト、そしてぱさぱさしたパンは好物だ。
家で丁寧に作ってもこういう味にはならない。
つまらなそうな顔をして、がつがつと食べ進むのが「気分」である。いちばん端の席で、ちょっと遠くに幸せそうな母子がいるとさらに素晴らしい。
コーヒーは丁寧に飲む。やたら甘いケーキを食べ、2杯目のコーヒーをゆっくり飲んでいると、小難しい北欧映画(大好き!)そのままの世界観となる。IKEA側がどう考えるのかは知ったことではない。自分の“世界観”なのだから、これで良いのだ。
平日の日没直前という空いた時刻もあって、今回はその「気分」がより一層高まったのだった。
実際のところ、この思いがけない神戸への寄り道(人生初の神戸でした)は四国への到着を遅らせることになったのだけれど、どうせ夜は風呂に入って寝るだけなので、IKEAの分だけでも得だった。
刈谷サービスエリアに寄ったところから偶然が重なって、まるで退屈せずに6時間超の移動を済ませることができた。
そういうわかりやすい“得”とは別に、なんというか気まぐれと親切が良い方にだけ転がった感じが、今思い出しても楽しい。こういう僥倖もまた「縁:えん、えにし」なのかもしれない。運勢も魂も信じていない自分だが、面白い偶然は大歓迎だ。
そういえば、前の勤め先では自分も含め地元採用組が全員辞めたのだけれど、その仕事仲間達もそれぞれ赤の他人にはならず、何かしらの繋がりが今後も生きていく。これもまた「縁」なのだろう。
さて今日はその四国から静岡へと戻ってきたのだった。
引っ越しと出張の時は仕事のトラブルやら何やらで時間がかかり、あるいは精神的にも大変にハードで、辛いだけの7時間だった。
それが今日は5.5時間で、あっけなく家に着いてしまった。疲労感もほとんど無く、なんだか拍子抜けだ。渋滞も、取引先からの急な電話も、LINEやSMSやslacksでの情報交換も無い。ただ音楽を聴きながら運転し、お茶と水とコーヒーを飲み、何度かトイレ休憩をして、心穏やかに車を東進させただけ。
刈谷サービスエリアには寄らなかったが、あの元気で旅上手なヒッチハイカーを思い出すこともあった。お互いに、良い旅と人生を送れたら良いと思う。