甘い缶コーヒーを10年ぶりくらいに飲んだ。

出張が終わり、さきほど帰宅した。
さっさと荷物を片付け、簡単な食事(レタスと玉子の炒め物。はるさめスープ。蒸したかぼちゃとレンコン)を作り、お風呂にゆっくり入って、今に至る。

 

今回の出張では、先輩社員に様々なものを奢ってもらった。経費で落ちるものもあれば、自腹を切るものもある。とにかく食事や飲み物に関しては、僕自身は1円も使っていない。

それはまあ、単純に有難いことだとは思う。
しかし単純ではない部分で、引っかかる部分がある。
僕の想いとしては、せめて、ぜんぶ経費にしてくれると気分的に助かるのだ。
「次の新人には君が奢ってやれよ」と、学生みたいな事を言われたが、いずれ同様の状況になるとしても、僕は彼ほどは(つまり宿の夜に飲むペットボトルのジャスミンティーまでは)面倒は見ないと思う。
金額の問題ではない。社会規範として*1、そして何よりも「コンビニの買い物くらいは仕事の関係性から離れたい」という自分の想いから、そう考える。
「得をするからオーケー」と無邪気に考えられるほど、僕たちの自由は安くはないし、業務外にそれを押し付けるのも押し付けられるのも御免だ。酷い言い方になるが、それが正直なところ。

社会人になって最初に仕事を教わった人は、こういう「君も次の後輩に云々」は“間接的なお小遣い”と言って嫌っていた。今ならその気分もわかる。コミュニケーション手段として確立した「奢り奢られ」ではあるが、先輩後輩という上下関係を小銭で愉しんでいる点は目を逸らすべきではないだろう。

 

 

という小難しい話は別として、我が尊敬すべき先輩は、わりと唐突に、そして気軽に缶コーヒーを買ってくれる。自分が飲む時に、ついでに1本、という感じ。
それがもう、古典的な甘くてミルク入りのコーヒーで、正直なところ苦手だ*2。どちらかといえば甘いものは好きだが*3飲み物は、特にコーヒーは甘くないものが好き。
というわけで、今回の出張では10年ぶりくらいに、甘い缶コーヒーを飲んだのだった。しかも2本も。
最後に自分の意思で飲んだのは、千葉名物の「マックスコーヒー」だったと記憶している。あれはコーヒー飴的に甘かった。
何度か雑談で「コーヒーも紅茶も甘くしない」と伝えているのだけれど、その点は忘れてしまっているらしい。スターバックス・コーヒー的なお店で「本日のコーヒー」を注文したら「遠慮しなくていいのに」と言われてしまった。いやいやそのクリーム&シロップラテを飲みたい気分じゃないのです、と言いたい。
リーダー論を語る前に部下・後輩の好きなものくらい把握して欲しいものだが、少なくとも食に関しては無頓着な人ではあるので、これはもう仕方がないのかもしれない。
お土産のセレクトもずいぶん雑だが、それについて書くと長くなるので、今日は書かないし、今は観察に留める。
そして今日はもう寝ます。明日もお仕事。
気分的には、今日はもう週末なのだが。

 

気分はもう戦争 (アクション・コミックス)

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気分はもう、裁判長 (よりみちパン!セ)

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*1:仕事の費用を自分の財布から出していることになる。程度の差こそあれ多くの人がやっている事だが、グレーゾーンであることは否めない。勤務時間外に自己研鑽のために仕事の本を買うのとは少し違う。

*2:先輩の年齢や職種からすると珍しい気がする。

*3:甘いから好き、ではなくて、美味しいと思ったものが甘いのだ。甘くない好物もあることは強調しておきたい。