Wordの使いづらさ

 

今日は友人に会って、パソコン教室的なものをしてきた。というかExcelやWordやWindowsの基本操作と、タブレットの活用法をレクチャーしながら無駄話をして、そしてお茶を飲んできた。

この友人もそうだが、「Wordが難しい」と言う人が僕の回りには多い。
Wordはきちんと体系的に学ぶことで、使いやすさが劇的に変わる。教則本の類があるだけで使いやすさが違ってくる。資格試験(MOSとか)のテキストがここまで“効く”アプリケーションも珍しい。

 

とはいえ多くの人はそこまで本格的な勉強はできないだろう。
友人だって、そこまでする気は無い。
なのでWordをしっかり使いたい人には「英文の文書作成には定まった“作法”があり、その為のツールである“英文タイプライター”の系譜であるWordもまた、その作法に則り作られている」と認識してもらうことにしている。
大学時代に卒業論文などを書いた人なら、たぶんそれで思い当たる節があると思うし、HTMLなどに触れた人も、ぼんやりと伝わるとは思う。太字強調はフォントの細さを補う機能ではない、ということ。

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アプリケーションも道具だから、歴史や体系、設計思想を知ることで得られるものはとても多い。
傲慢な書き方になるけれど、パソコンの操作に関しては、学ばずにマスターできると考える人が多すぎるように思える。いつまでもマウスだけで操作し、ボタンがあればブラウザだろうがアプリのメニューだろうがとにかくダブルクリック、警告メッセージが出たら読まずに手を止めて人を呼ぶ、では上達しない。「同時代の人間が作ったもの」と意識すれば、まるで手を付けられないという事はほとんど無い。そもそも、現状では特に学ばずともそれなりに使えているのだから。

特にWordは「手癖と日常感覚と丸暗記は、技能習得の妨げになる」とさえ思っている。
なにしろ元は決まったルールで文書を書くように作られていて、それが自分達の手癖に合うかはわからない(というか基本的に合わない)。手書きのノートで「フッターに連番を挿入しよう」なんて日常感覚を持っている人はいない。そして丸暗記するには機能は多過ぎるし、理解せずに項目だけを覚えても活用できない。
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とりあえず、「読めればいい」と思って作る文書は読みづらく、「だいたいこれで整ってる」と考えた体裁は、まるで整っていない、ということを出発点にすれば、やることも定まってくる。スペースキーとエンターキーを叩いて微調整するわけにはいかなくなる。
「手書きではない、活字の文書ならばそれで十分。余所に出しても恥ずかしくない」と言うのなら話は別だが、他人がそう思うかどうかは考えておいたほうがいい。テプラのラベルじゃないんだから。

 

Microsoft Office Specialist Microsoft Word 2010 対策テキスト& 問題集 (よくわかるマスター)

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*1:MSゴシックを太字にするのが標準、という職場を知っている。これはブラウン管時代の感覚を引きづったまま、職場の“常識”になってしまった例。MSゴシックは今の感覚では太くて読みづらい。そして昔から「印刷した際には太すぎる」と言われていたものだが。

*2:しかし手癖と日常感覚と丸暗記を大切にする人は安直に「Excelで文書から図面からポスターまで作っちゃう」傾向があって、それはそれで困りもの。でもそれはまた別の話。