命の結晶を食す

うずら卵 水煮(輸入) 430g

仕事帰りに立ち寄ったショッピングモールで、細々とした買い物をしてきた。なんだか疲れていて、日用品の買い物ですら効率が悪い。でも、少し遅いが深夜ではない時間帯だと、そうやってぼーっと歩いている買い物客が多い。これが深夜営業のスーパーだと、逆に元気な人達と、あるいは幽鬼じみた人とに二極化する。

 

それはそうと、そのショッピングモールに入っていたオーガニック食材のお店で、ウズラのたまごを売っていた。大きく「生命の卵」と書かれている。ウズラのたまごは孵化させやすい事で知られていて、だから「生命力に溢れている=生命の結晶である=身体に良い」らしい。
僕にはなんだかグロテスクな発想に思えるのだけれど、なるほどねーと納得しながら購入する人が何人かいたので、「孵化の可能性」というのは摂取に値するナチュラルヒーリングパワーなのかもしれない。

しかし医学的な根拠は一切無いだろう。
最近は下火になったけれど、以前はよく「有精卵」が珍重された。我が家でも、有精卵かつ「自由に鶏舎を歩かせた雌鳥が、地面に産み落としたたまご」を定期購入していた。
あれもまるで根拠に欠ける信仰だった。有精卵ならばある程度の細胞分裂が進んでいて、栄養の割合は変わっているのかもしれないが、それでもわざわざ選ぶ程の違いも無いと思う。せいぜい精子ひとつ分の栄養が追加されているだけだ。玄米と発芽玄米ほどの差異も無い。
それに、ほぼ固定されたように並んだ鶏からたまごを回収するのも、鶏舎で産んだたまごを拾うのも、生き物と人との関係から見ると、ほぼ誤差の範囲で同じ行為だと考えるのだ。どこが自由なのだ、とさえ思えてしまう。
黄身の色とか盛り上がりも、要は鮮度や餌の色だったとカラクリが判ってからは、あえて高いたまごを買う人はさすがに減ってきた。
今となってはよくわからないもの、それが自然食材界隈には多い。

 

しかしやはり、この「命の結晶」を喜んで買い、何らかの功徳なり効能を期待して口にする、という発想には、独特の凄味がある。戦で勝った側が相手の肉や臓器を食べてその力を我が物にする、そんな風習が人食い文化の根底にあると読んだが、それを異種の、しかも卵に適用するのだ。
健康に魂を売った人間、という表現が頭に浮かんだ。勝てる気がしない。

 

 

【豊橋産】うずらの卵 『生命の卵』 30個入り
 

 

暮しの手帖別冊 徒歩旅行

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