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紅白饅頭をいただく(小学生に)

紅白餅(す甘)2個入り

仕事の帰り道、友人宅に寄る。何冊か本を貸すことになっていたので、まとめて持参する。
今日は友人夫婦の娘さんが卒業式だったと聞く。めでたい。
そして、驚く。いわゆる「早いものだねえ」という奴である。赤ちゃんの頃から知っているちびっ子が、もう小学校を卒業である。びっくりである。

その娘さんが、小箱に入った紅白饅頭をくれた。正確には、紅白の“すあま”の、1個は食べてしまったので、残り1つ。色は白だった。
「おじさんが食べてください」とのこと。「和菓子が好きだった、はずなので。それと、箱も良いです」とも。

素晴らしい。
年に数回しか会わない、親戚でもなんでもない大人にこういう気遣いが出来るのだ。
小学生の自分には出来なかっただろう。僕は、誰にも食べられないように冷蔵庫の奥に隠して(入念に偽装もしただろう)、そのまま忘れてしまう子供だった。
こういう子なら、中学校でも楽しくやっていけるだろう。

 

紅白饅頭 中2ヶ入(こし餡 つぶ餡)

紅白饅頭 中2ヶ入(こし餡 つぶ餡)

 

 

そういえば以前、この卒業式の紅白饅頭について職場で話したことがある。一人の若い子、といっても30代前半だから既に若者ではないのだが、とにかくそんな人が、こんな事を言っていた。
「あれ、ばかまっずいよね。ウチらみんなで壁に投げて遊んだわー。めっちゃうけるー」
こう言っては何だけれど、田舎のヤンキーが因習を蔑ろにしたら、ただの外道である。因習と不文律こそ、ヤンキーにとっての灯台なのに。
ともあれ、中学か高校か、何の卒業式かは聞かなかったけれども、その場に居合わせた人達が気の毒である。

こういう事を笑いながら話せる人は、本人がいない場で、「悪い人じゃないんだけどねー」と評されてしまう。
「食べ物を粗末にするネタ」を不用意に(めっちゃうけるナカマ以外の人達に対して)公開する人間は、価値観の違い云々は別にして、単に能力的な評価として低く見られてしまうのではないか。

 

現役の素晴らしい小学生と、少し前に聞いた過去の残念なエピソード、なんとも対照的な紅白饅頭を取り巻く世界。
しかし(そんな話とは関係無く)紅白のすあまは美味しい。どこまでも滑らか、単調な甘さ、表面の澱粉も素敵。どこにでもありそうで、でもこの祝い菓子にしか無い趣きと味がある。
和菓子の辿り着いた、ひとつの到達点だとさえ思えてくる。
素敵な楕円形をありがとう、と次に会った時には伝えよう。何かお祝いの品を添えて。

 

地球 (福音館の科学シリーズ)

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