映画を藤枝市で #silence #沈黙

藤枝市の駅前にあるシネコンで映画を観てきた。
遠藤周作原作の「沈黙」。監督はスコセッシ氏。この組み合わせでどういう作品になるのだろう、と興味と心配があったのだけれど、想像以上に見応えのある、“強い”映画だった。

ちょっと上映時間が長い気がする。とはいえ、原作小説の雰囲気を考えると、それもまた正しい選択だろう。堪能した。

 



いわゆる「隠れキリシタン」や「棄教宣教師」のお話。
苛烈な宗教弾圧、文化摩擦、そして重なる絶望。「神はどうして我々の苦難に、沈黙を続けるのか」を繰り返し問われる。
ちょうど九州における江戸期のキリスト教に興味があったことも、映画を気に入った理由のひとつかもしれない。

信じること、について今もぐるぐると考えてしまっている。
僕はどのような方面においても非宗教的な人間だが、文化として強く続いている、この“神”という概念と、それを抱えて右往左往している(ように見える)人々には興味がある。いちど、この作品を観たキリスト教徒と話をしてみたいものだ。

スコセッシ監督という「ガイジンの視点」で日本を描いたことで(つまりスコセッシ氏の「沈黙」に仕上がっている)、見たことのない辺境としての日本国が出来上がっていた。
それはもちろん、いつものハリウッド的な「変なオリエンタル・ジャパン」でも「サムライウォリアーとニンジャパワー」でもない。日本映画とは違う、もっと言うとNHKのドラマのような、“今の目で観て正しい日本人達”が唐突に登場するような世界でもなくて、新鮮かつ誠実に思える。

俳優さん達もまるでその世界の住人のよう。特にイッセー尾形氏の演技の凄味といったら。逆に窪塚洋介氏だけが、何もかもが過剰で浮いていた。あれはこの映画の謎だ。

苛烈で残虐で、だからこそ真摯な世界が、かつてあったのだ。それが豪華で隙の無い映像として観られただけでも、この映画に出会えて良かったと思えるし、原作ファンもそうでない人にもおすすめできる。

 

沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

 

 

 

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それ以外は、豪華なハンバーグを食べたり、カニを食べたり(頂き物、美味しかった)、ガレットデロワを食べたりと、どういうわけか贅沢な食生活となってしまった。自分では何も目論まず、状況に流された結果。たまにはそれも良し。毎日だと、たぶん早死にする。