掃除ができない男

今日は勤め先の大掃除。部署によっては、ものすごく汚くても平気な場所や部屋があって、そういうところをえいやっと片付ける。仕事内容、特に設備の問題で普段から清潔を保っているところは、正直やることが少ない。僕は後者の仕事をしていて、今日は前者の、“汚い職場”にお掃除の手伝いに行った。

でも掃除は好き。特に年末の大掃除は、性格に合っている。普段の掃除よりも、メンテナンス的な部分が多いからだと思う。

今日は後輩君(30代)と共にその大掃除を行った。
この後輩野郎が、全く掃除ができない。実のところ仕事だってできないが、掃除がここまで出来ないとなると、日常生活が心配になる。
気が利かないのは、覚悟していた。1を教えて0.7くらい完了させれば御の字だと思う。2件以上のタスクを振るのも諦めたし、「気になったら、こういう風に修繕しておいて」も避ける。

しかしまさか、エアコンのフィルターを洗ったら流しに放置、床面を掃いてから棚の上の埃を払い、次にロッカーの上を拭く、なんて予想できなかった。いわゆる「四角い部屋を丸く掃く」人でした。
作業が終わったあとに床がびしょ濡れになっていたし、想定外の出来事(ドアの蝶番に油染みが!!)で手は止まるし、それをいちいち注意して、手本にやって見せて、たまにチェックするので、僕の作業効率も落ちる。

家でも掃除はしない、なんて言っていたが、では部屋はママが綺麗にするのだろうか。

彼は「だって男ですから僕。先輩はマメですねえ。珍しい」とも言う。
これ、いわゆる性差別の、最も身近な問題点だと思う。つまり、「男だから掃除ができない・女だから掃除くらい出来る」という思い込みが可能になると、それだけで掃除をしない連中が、最大で人口の50%まで生じるのだ。本当は、ただやりたくない、興味がない、というだけの話なのだが、信じるだけでそれが正当化されるのならば、そりゃあ声高に語り出す連中がいてもおかしくない。

しかしこの種の「小さな男女差別」に関しては、大抵は「でも家ではそう教えられてきたから…」が言い訳になる。「知らんがなお前の家の方針なんて」と思うし、なにしろ就業時間中だからやることはきちんとやってもらうしか無い。つまり、親の想いなんてものは、言い訳にはならない。
でも最近、やけに「ウチではこうだから」「両親が教えてくれたのは…」を公の場で口にする若者が増えてきていると感じる。少なくとも田舎では、家族大好きな人が(あるいはそう公言する人が)急増した印象。良い部分を認める、とかそういう話ではなく、家の常識が正義、と疑わない。

 

今日の後輩氏は30代前半、若者とは言えないが、やっぱりこの「自分と親」が言い訳になると考えていて(だってウチでは、おかあさんが掃除役だもん)、なんだかとっても疲れてしまった。そんなに親の呪縛って強いものなのか。根底にあって消せないけれど、それなりに生活を積み重ねていけば、成人して10年も経てば「自分は自分」となるように思えるのだが。それは家族を大切にする事と矛盾しない。

家族なんて盲進するものじゃない。だから、何か自分の常識が“外”と食い違っても、「家ではこうだから」とは言わないほうが良いと僕は考える。繰り返しになるが、赤の他人にとっては「知らんがな」である。

 

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