読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

10月10日(月)豊島(前編:特に豊島美術館) #瀬戸内国際芸術祭 #豊島美術館

Art ケーキ 志太地区 瀬戸内国際芸術祭 自転車

旅の記憶そのものは薄れてきているが、印象は強く残っている。最近は瀬戸内国際芸術祭のことを友人知人に話す機会が幾度かあって、どういう旅だったのか、をようやく整理して説明できるようになってきた。といっても「とにかくすごい。行けばわかる」ばかり語る自分は、よく知る人達からみると「君にしては、ずいぶん珍しい」らしい。自分のことは自分ではよくわからないものだ。

 

さて、その「行けばわかる」の筆頭、豊島の「豊島美術館」について書こうと思う。
ここは、春には行きそびれた。豊島自体は訪れたのだが、それはほとんど「道に迷って知らない路地を楽しんだ」程度の時間と熱意であって、港の周囲をぐるぐる巡って、次の船が来たらそれに乗って別の島に行っただけだった。美術館は山の向こうで、まだ距離感もわからない頃だった。ただ島を自分の自転車で行き来するだけで満足していた、のだとも思う。

今回は準備万端。
美術館もレンタサイクルもきちんと事前に予約してある。この辺りの情報は id:cimacox さんのブログが参考になった。


レンタサイクルは、電動自転車を選択。この電動自転車は、豊島では素晴らしい働きをした。なにしろ坂が多いのだ。自分のSTRIDAは小径車だから坂そのものはたぶん根気さえあれば大丈夫。ただそれは、「歩けば大丈夫」と同じであり、時間と体力を節約するにはやはりモーターとバッテリーは絶対に必要である。坂は多いが距離は短い、そんな地理もあって、バスよりも電動自転車がおすすめ。
電動自転車は数十年ぶり。とても進歩していて、扱いやすい。1分で慣れる。のんびり走るだけでなく、急ぐ時にこそモーターアシストが有難い。平地並みに頑張るだけで、坂でも無理が効くのは、時間に縛られた旅において無二の価値を持つ。

港からぐいぐいとモーターと足に頑張ってもらって辿り着いた豊島美術館。峠を抜けて、美術館と棚田と海を見下ろした時は、声が出そうだった。なるほど写真を撮りたくなる風景、そして実際に、僕も撮影した。

美術館へは、Web予約した時刻3分前に到着。
美術館自体は、あまり下調べをせずに行ったこともあり、驚きの連続だった(収蔵数はどの程度なのだろう?とかその程度の認識)。作品は1点、美術館そのものがアートだった。

撮影禁止。それに、画像と、そして言葉を重ねても伝わらない場所だと思っている。あの作品だからこそ感じる何か、それは要約や、他の手段ではほとんど意味が無い。
アートとは“そのかたちでなければ意味が薄れる・意味が無い”部分が多分にあると思っている。この豊島美術館は、その割合が大きい、大きすぎる。だから今日もまた「行けばわかる」と友人に伝えてきた。

既に訪れたことのある人達で、つい感想を語り合ってしまう傾向もまた、この作品にはある。「雨の日にも行きたい」「他の季節ではどうだろう」「自分が行った時は…」と、FacebookInstagramや他のSNSで、見知らぬ人からのコメントをたくさんやりとりした。そればかりか、他の展示を見て回っている時、船を待っている時にさえ、この「豊島美術館」に感染した人達(見知らぬ人達!)で短いやりとりをしたのだ。そういう作品は珍しい。

僕はまずあの「空間」に入った時に、この展示には特別なルールがあるのかと思ったのだった。撮影禁止、静寂を維持せよ、汚すな、靴はここで脱いでいくこと、その程度の注意は受けていた。あれに触れるなここに入るな、そんな説明は無かった。でも、みんな日向と日陰の境界線は越えようとせず、意図を持って作られたであろうモノには一切触らない。そして、しゃがみ込み、座り、思い思いの時間を過ごしていく。

どんなマテリアルと仕組みで作品が作られているのかは、すぐわかる。でも、なんでまたこんなものを、と“作られた理由”を考えてもよくわからない。きっと美術館が完成した時には地元の人達やコンクリートを塗った職人さんも招かれたのだろうが、びっくりしただろうな、なんて考えたことは覚えている。

しょうもない事は考えるのに、例えば隠し撮りをしてネットで紹介、といった行為はできないし、そんな考えも浮かばなかった。弛緩しているのに敬虔な気持ちにもなるし、大きなことも小さなことも考えてしまう。

まるで結界のようだった。外とは違うルールで過ごす時間。でも緊張だけでなくて、リラックスできた。
1人だけ、いかにもヨガです、ってスタイルの座禅をしている人がいたけれど、あの空間ではなんだか陳腐に見えてしまう。他人がどう楽しもうと勝手なのだろうが、既存の(おそらく自身が信じる)ことばを持ち込むと格好悪くなる場所があるとしたら、豊島美術館はまさにそれだろう。

まさしく「希有」な体験をした“美術館”だった。
1枚のチケットで、その日ならば何度も出入りできるため(ただし予約やチケットを買ったばかりの人が優先される)、午前と午後の2回、あの空間を堪能した。

 

美術館そのものだけでなく、ミュージアムショップも、そしてなにより外の風景も素晴らしかった。棚田と海を色々な方向から眺めるために坂を上り下りして、芸術祭とは関係無い道まで走ってしまった。
この美術館、そして直島の地中美術館は、間違いなく、訪れる価値のある建物だと考えている。
もし次の瀬戸内国際芸術祭が開催されたら、あるいは単なる観光旅行であっても、再訪したいと思っている。

ふと思ったけれど、トリエンナーレ形式の芸術祭では、開催以後2年ぶんのカレンダーを売ってくれると嬉しいかもしれない。
2年間を思い出とともに過ごし、3年目に(もし開催されるのならば)新しい芸術祭のことを考える。リピーターの誕生である。
良い写真も多いだろうし、何より僕が欲しい。

 

直島から瀬戸内国際芸術祭へ─美術が地域を変えた

直島から瀬戸内国際芸術祭へ─美術が地域を変えた

 
瀬戸内国際芸術祭2016公式ガイドブック

瀬戸内国際芸術祭2016公式ガイドブック

  • 作者: 北川フラム,瀬戸内国際芸術祭実行委員会
  • 出版社/メーカー: 現代企画室
  • 発売日: 2016/03/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 

https://www.instagram.com/p/BL5SivVB4L3/

ところで今日は藤枝市の「ボクゥボクゥ」でコーヒーを飲んできた。まるで瀬戸内国際芸術祭とは関係無いが、これもまた美しい非日常。葡萄のシャルロットが美味しかった。

 

 

翻訳できない世界のことば

翻訳できない世界のことば

 
誰も知らない世界のことわざ

誰も知らない世界のことわざ