謎のカジュアルおばさん -INTRUDER-

自分の勤め先は、それなりにセキュリティはしっかりしているほうだと思う。
もっと厳しい、それこそフェンスに近寄っただけでも警備室に連れて行かれるくらいのところで働いたこともあるけれど、今の職場だってカードキーと暗証番号で部屋の出入りを管理しているし、敷地はきちんとフェンスで仕切られている。まあ、一般的な大企業の研究部門や製造部門としては、中の下くらいの厳しさは維持できている。

そんな職場の敷地内、建物が点在するエリアに、ここ数日、制服姿ではない女性の姿を見るようになった。
出入り業者さん、にしては服装がカジュアルすぎる。襟の無いジャケットと柔らかめの色合いのカットソー、それにスカート。靴はどういうわけか、ヒールの高いスニーカー。若めのおばさん、といった年齢で、靴がややちぐはぐながら、街にいても不思議は無い感じ。

その人は、特に迷うふうでもなく、まるで目的の建物があるかのようにすたすた歩いていた。僕が見かけた時はそうだったし、他の人もおおむね同じ雰囲気だったという。

休憩時間には、ちょっとした話題になっていた。
外部の人が珍しいエリアではある。そもそも、昔からいる社員は、お互い名前も顔もよく知っているのが当然というくらいに狭い社会なのだ。
「あのおねえちゃんは誰だ?」「ああ、自分も見た」といった会話が、各所で発生していた。

 

たまたま、外から工事の打ち合わせで訪れていた業者さんが、道を聞いたために、彼女が潜入者だと発覚した。もごもごと変な事を言って、早足で逃げ始めたのだという。
そこで警備部門に連絡が行き、最終的には警察に引き渡された。

 

で、これが不思議なのだが、今に至るも侵入経路がわかっていない。
建物には入れていないものの、敷地に入る際にはカードキーが求められる。誰かが扉を開けた隙に、一緒にくぐることはできない造りになっている。
フェンスに破れもないし、フェンス横の赤外線センサーも生きている。用水路の柵がいささか古びてはいるが、そこを通った風ではない。
まさか運送会社のトラック(のシャーシか荷台)にしがみついたわけでもないだろう。
本人は「普通に入った」と言うだけで、あまり厳しくも問うわけにもいかないため、全く「よくわかっていません」と上司が教えてくれた。

 

こういう、「なんだかよくわからないトラブル」は、会社が最も苦手とするものだ。対策も何も、あったものではない。セキュリティ意識云々、といったメールを回すにしても、もやもやっとした「トラブルの根っこ」が邪魔をする。担当部門は困っているだろう。
年度末という忙しい時期でもあるので、このまま曖昧に終わってしまいそうな「事件」ではある。

この侵入女性は、ただの「障害を抱えた人」だったらしい。平日の昼間に図書館に行くと出会える感じの人、というと伝わる人もいるかもしれない。
個人的な反省点としては、部外者がいないのが当たり前のエリアだから、ちょっと変な感じの人でも「きちんと手続きを経た人」だと思い込んでしまったことが問題だと考えている。にこにこ歩いているだけならば害は無いが、包丁を隠し持っていたり、あるいは逆に、危険な設備に入り込んでしまったら大変な事になっていた。
常識とは怖いものだな、と思った。

なんとなく妖怪じみた、そう考えると楽しい侵入者だとは思うけれど。このまま原因不明の侵入経路が保存されて欲しい、とさえ思っている。

 

 

攻殻機動隊 (1)    KCデラックス

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