不幸を糧にする不幸

奴隷は不幸を代償に糧を得る、職工は責任を果たし賃金を得る、と何かの本に書いてあった。いや、正確には忘れたけれど、そういう意味の言葉だった。

 

今日はしっかりと残業をした。
いわゆるQC活動的なものに関わっていて、まあ例によって「活動のための活動」なので不毛ではあるのだが、PowerPointでこちこちとスライドを作るのは好きな作業であり、周囲の誰よりもセンスの良いスライドを(周囲の誰よりも短時間に)仕上げる自信はあるので、疲労はするが、つい集中してしまう類の仕事ではある。

で、帰る前にロッカールームで、かなり地位の高い管理職の人に声をかけられた。「今年も頑張っているか?期待しているよ」みたいな言葉。
続いて「困っている事は無いか?」と聞かれた。

「面白いけれど、大変です」と答える。どう大変なのかを忌憚なく説明せよ、というのでそれも答えた。
ツールが無い」と回答。
ハード・ソフト両方の道具がまるで欠けている。だから効率がものすごく悪い、と。

具体的には、絵を描くソフトが無い。写真を加工するのも作図するのも、みんなOfficeでやるしか手段が無い(つまりExcelを変態的に活用して図面を作る)。
それから基本的な分析や問題解決のためのセオリーや手法も教えられていない。マニュアルは無いし、そもそも誰も活用していない。若い頃に研修でやった、と言う人もいるけれど、活用されていない手法なんて無いも同じだ。
この辺りは、「基本素材やテンプレートが完備され、見栄えを整えるために無駄な時間をかけないQC活動」が常識の、まともな会社とは違う。

そういう効率の悪さは、個人的にものすごく気になる。
今の職場の宿痾だとさえ考えている。

先日、ようやくMicrosoft Officeがアップデートされた。どういうわけか、Office2007に。予算が無いのは理解するとしても、どうしてわざわざ古いものを使うのか。先日まで2003だったから涙が出るほど嬉しいけれど、でも今さら2007である。
しかも、システム管理部門からは「最初は使いづらいだろうが、早く慣れろ」とお達しが来ただけ。マニュアル本も、パソコン教室の斡旋も無い。断言してもいいが、慣れた結果は、また効率の悪い自己流の変態Excel活用だ。
こういうデジタルツールに関しては、生産性というものをまるで放棄しているのが、今の職場なのだ。

そういう想いも込めての「ツールが無いから効率が悪い」という言葉だった。
でもこの管理職の人は「でも、やるしか無いんだ。やれ」と言う。

こういう人、昔より増えた気がする。
「問題点を述べよ」というから述べたのに、「とにかくやれ」と言い出す。
いつの間にか、「やりたいか、やりたくないか」の話になっている。
僕は効率が悪いと言っただけで、もちろん仕事なのだから手を抜かずにやる。モチベーションは関係無い。モチベーションが下がったから止めます、と言えるほど厚顔ではない。効率が悪くても、それなりの成果物は作る。当たり前だ。

まあ、普段はほとんど話さない、そして粗い言葉と下っ端に厳しいことで知られる老人にこういう言葉をかけられても、あまり気にしない。

 

困ったのは、同じような会話を、今日の昼休みにしていたことだ。
その話し相手は、僕よりも若い人(でも職場の先輩である)。
やはり同様に、「この活動の問題点や違和感」を聞いてきて、僕がそれに答えると、「でもやるしか無いでしょう」と言う。「それは単に、楽をしたいだけじゃん」とも。
この人の言葉の端々からは、苦労の対価に賃金が発生すると考えている節が感じられる。モチベーションを“上げる”ために、お気に入りの自己啓発本を読みまくっているこの人にとって、苦労をすることが自己実現に繋がる、らしい。

極論になるが、苦労というのは尊ぶものではない。勉強やスポーツではないのだから、可能な部分では楽をして、そのぶんで良い仕事を(良い成果を)する。それが職業人というものだろう。
「やる気」を振り絞って、悪い環境を肯定するなんて、それは「状況の奴隷」だ。
数千万円の設備を入れろ、と言っているわけではない。正社員が数時間の無駄な残業をする費用で賄える、書籍やソフトウェアの話をしているのだ。

 

設備投資が滞った組織においては、モチベーションがまず第一に叫ばれる。
若い人など、それが正しい道だと思い込んでいる節すらある。気持ちは(多くの場合、組織側からすれば)無料の資源だから。
僕はそれほど若くはないから、歴史に学ぶ。気持ちを原動力に進む怖さを忘れたくはないし、精神任せの仕事の危うさも知っている。

それならば、常日頃から、問題点を語り合って、現実と摺り合わせていくほうが生産的だと想うのだ。それはごく僅かな擦り減り量かもしれないが、でも現実を肯定して自分が擦り切れるなんて、まっぴらごめんなので。

そういう努力をしたうえで、それでも被る苦労こそ、実のある苦労といえるのではないか。

 

 

 

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